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0系新幹線電車 - [山陽こだま]

デビュー年:1964年(車両のデビュー)
撮影日:2001年1月2日?(撮影時期不詳)、2007年12月22日
撮影場所:山陽新幹線 岡山駅 「こだま」609号 車内

2000年に突入しても、新大阪〜博多間を、新型車両もしのぐ勢いで走っていた「ウエストひかり」の残党が細々と活躍しているのが、この山陽「こだま」です。2007年12月現在、3216両製造されたうち、残っている車両は実に36両のみとなり、その36両も2008年末を持って全車引退することが決定しました。引退は寂しい限りですが、最後まで無事に走り抜けてほしい、今はそれを祈るのが妥当でしょう。
JR西日本の0系は末期、このような専用塗装を施されていました。

横側から見てみます。滑らかで美しい流線型を描く0系の先頭車は、40年以上にもわたって人々を魅了し続けました。

画質悪くてゴメンナサイ。こちらは元「ウエストひかり」の写真です。窓部分の青いラインが2本になっていたり、外観上の細かい違いを探すのがおもしろい車両でした。

こちらは新下関乗務員訓練センターで教材として使用されている、元Q3編成。原色を残す貴重な0系ですが、車体の汚れや腐食は激しく、状態は決して良いとは言えません。

字幕の様子。JR西日本では、300系を除けば唯一の字幕車です。シンプルにすっきりまとまっていますね。


普通車1

さて、偶数号車の青系の車内から見てみます。このアコモデーションは、かつて「ウエストひかり」で普通車として提供されていたものです。普通車ながら2+2のアブレストを実現、ゆとりの空間を生み出しました。こうして車内を見ているだけでも、新幹線ならではの車体の大きさと、2+2のアブレストは、本当に余裕のある、ゆったりした空間だと思います。

座席の様子です。座り心地は若干やわらかめですが、山陽「こだま」の短距離利用を考えれば、十分すぎるスペックと言えるでしょう。リクライニング角度も、普通車の水準を遥かに越えたものとなっており、疲れた旅行の帰りに休むにはうってつけです。ただ、座席の重心が高いためなのか、人が座っていない座席は、減速時にATCがかかると、ガクンガクンと音を立てていました。

2+2アブレストでも、ドアの位置までそろえる改造は行われていません。写真のように、ドアと座席が正対しない状態ならまだしも、対面する状態だと、入ってくるお客さんとちょっと気まずいかもしれないように感じる今日この頃です。そういえば、右側に次駅案内をするLED表示装置が後付けされました。これは、100系「グランドひかり」の発生品を使っているとのことです。


普通車2

奇数号車はこんな感じの、ブラウン系の車内になっています。どちらが良いかは好みが分かれるところでしょうが、個人的にはブルー系の方が何となく爽やかで好みです。

同じブラウン系でも、車内の客室とデッキを分ける壁が、ちょっと古めかしい感じになっている車両も存在します。これは、3号車の元ビュッフェ車で、写真奥のドアが、なぜかちょうどいい位置に来ています。偶然なのかもしれませんが、この妙な「整った雰囲気」に、一人でかなり萌えていました。かなりキモい私です(笑)。

座席の様子。先ほど紹介した青系とは、モケット色が違う以外、特に違いは見当たりません。

で、こちらが車椅子対応の1人がけ座席。

座席の変更や内装が変更されても、天井だけは相変わらず無骨さがかなり残っています。これも、20年以上活躍している車両ならではの「風格」と言えるのではないでしょうか。


(懐)ビュッフェ

かつて「ウエストひかり」では人気のスポットだったらしい(?)ビュッフェ車。原型をとどめないまでに改造され、一見したところではどこかのカフェすら思わせます。写真のものこそ、短編成化された「こだま」のもので営業していませんが、この内装、伝え聞くところによれば、かなり多くのパターンがあったそうです。もう少し早く生まれていれば、全部コンプリートしたかったなぁ(何)。

で、0系といったら忘れちゃいけない、このアナログ式速度計。これは上のビュフェ車とは違う編成で撮影しています。この編成、あとで調べたら撮影の数ヵ月後に廃車となっていました。
そういえば、私が初めて乗ったのは東海道新幹線の0系でしたが、その時の座席が、たまたまこのメーターがよく見える席でした。「200」の数字を指したままの速度計を見て、幼心にもかなり感動したのを覚えています。


車内設備

洗面台の様子。鏡は3面ですが、なんとなく一昔前の雰囲気を感じさせます。

一部デッキには、若かりし頃の0系(?)の写真が掲示されています。浜名湖を渡っているので、撮影場所は東海道新幹線ですが、山陽新幹線にうつってからも撤去されずに今も残っています。その下の白いスペースは、かつて冷水器があった場所です。

電話室は半個室タイプ。ちなみに私の取材した便では、ここに入ってケータイで会話をしている若い男性を見かけました。いったい何がやりたかったのか、いまだに謎で仕方ありません。どなたかその男性のやりたいことが分かる方、メール下さいm(__)m。切実に。

ビュッフェが撤去された3号車には、車両の博多寄りに小さなショップコーナーが設けられています。もっとも、今は単なる車販基地としてしか使用されていないようですが。


コックピット

コンピューター画面が整然と並ぶ現代の新幹線が増える中、一貫して「アナログ」派を貫いた0系。運転台にはコンピューター画面などはなく、あくまでアナログです。これをあやつる運転手、いかにも「職人」という感じで憧れますなぁ〜。

0系は1964年から1986年までの22年間にわたって増備され続けた、新幹線車両の元祖車両。製造両数は22年間で3216両にも上る。

車両の開発にあたっては、前例がなかったため、1964年当時の、信頼された最高技術をふんだんに用いた設計となっている。原型の0番台、窓を小窓にした1000番台、車内設備の改良及び機器の近代化を施した2000番台のほか、国鉄民営化後にJR西日本で改造された5000番台、7000番台など、番台も多岐にわたっている。
また、現在は存在しないものの、1970年代は東京〜博多間の所要時間が最速列車でも6時間56分を要していた為、食堂車、ビュフェ車なども製造されている。

1986年をもって製造は打ち切られ、1999年に東海道新幹線から引退し、現在は山陽新幹線で6両編成6本が活躍するのみ。その6両編成も、2008年11月までに全車引退することがすでにJR西日本から正式に発表されており、元祖の新幹線車両が姿を消す日は、一日、また一日と近づきつつある。

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