200系新幹線電車デビュー年:1982年最高速度:210〜275km 撮影日:2001年8月29日、2002年9月16日、同11月2日、2003年10月1日、2007年10月24日 撮影場所:東北新幹線 小山駅 「やまびこ」138号 「なすの」247号車内
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平成生まれでも、そのごく初期にあたる私にとっては、「東北新幹線」というと真っ先に思いつくのがこの車両だったりします。0系をちょっと細長くした顔に、スノープラウを備え、色も緑に変わったこの新幹線、幼き頃の憧れの車両でした。そのため、小学4年生から中学1年生までにかけて、実に4回もこいつで旅行しています。この頃から車内写真もぼちぼち撮り始めていたので、まぁ記録がないわけではないんですが、今改めて見てみると、まぁなんと写真の下手なこと(今もだよ)。仕方ないので、このページは小学生の頃に撮影した写真主体で構成しています。こんな写真ばっかりですがご勘弁ください。
シャークノーズの200系というと、200系2000番台が有名ですが、F5、8、40編成も地味〜にシャークノーズでした。
行先表示板は昔懐かしい幕式。東北新幹線は見ての通り濃紺、対する上越新幹線は真紅であり、そのおかげで、遠くからでもどこ行きなのかが理解できました。
で、こちらが上越新幹線用の赤い幕。ちなみに一時期、長野新幹線で使用されたF80編成の字幕は、白地に紺字というものだったそうですが、当時まだ小学校低学年だった私は、とてもではありませんが、一人で東京駅まで出向けませんでした。
普通車1 ( F31, 92 )
普通車の車内。200系の普通車では、一番メジャーな部類に入るのではないでしょうか? 車内は見ての通り、かなりのガラガラ。今の私ならまだ人の顔が映らない程度の撮影はできたでしょうに、この写真を撮った時は小学4年生だった私、何を血迷ったか手前に人が映るアングルで撮影しています。モザイク処理をかけなきゃならぬ写真を公開するなんて……屈辱的だわ。うん(笑)。
2人がけの席です。基本は「簡易リクライニングシート」であり、レバーを引いて座面をせり出させます。この座席、簡リクながら、言うならば「フリーストップ簡易リクライニングシート」といった趣きで、183系初期車のように、「バターン」と戻ることもありません(笑)。
で、こっちが3人がけです。パッと見で異なるのは、座席肩部に取っ手がついていて、車内を立って歩く時の手すりに使えることでしょうか。
座席背面の様子。付帯設備は、網ポケットとシートバックテーブル二つと、シンプルにまとめています。小さい頃、このテーブルを使って食った弁当が非常においしく感じられたのを覚えています(笑)。
普通車2 ( F91 )
東海道、山陽新幹線で100系が導入されてグレードアップが図られ、東北、上越新幹線にも車内の居住性向上を求める声が多く寄せられるようになった時期がありました。それを反映して導入されたのがこの座席です。いわゆるR62というやつで、この座席の一部は200系リニューアル編成でモケット交換を受けながらもしぶとく残っています。
こちらが3人がけのR71です。このR71は、先ほどの簡リクで回転できなかった980mmシートピッチにおいて、無理やりでも回転を可能にさせた座席としても有名です。左右の肘掛はそのままに、中央の座席だけが回転するという、新たな発想のもと、200系の3人がけ座席に革命をもたらしました。
こんな感じで赤系のモケットも存在します。
普通車3 ( F8、40 )
中間車から先頭車に改造された車両の座席は、見ての通り座席が取り替えられています。
2人がけ座席の様子です。座席は見ての通り、100系などでもおなじみだったR53系統ではないかと個人的に見ています。
背面の様子。テーブルやそれ以外の形状も、R53によく似通っています。
普通車4 ( K31 )
こちらは、さいたま市の「鉄道博物館」に、先頭車だけ保存されているK31の車内の様子です。この座席は、いわゆる2000番台と同系の座席で、言うなれば先ほどの「普通車2」のモケット違いということができます。
座席そのものは引退当時のままで保存されており、各機構の動作もバッチリです。なかなか保存状態は良いと見ていいでしょう。
で、これが3人がけ。もう言うことはありませんネ…(^^;)。
せっかくなので、回転時の写真も一枚載せておきます。こんな感じで、座席の外側の肘掛部分だけそのまま、座席の中央部分だけが回転する機構になっています。しかし、見ていただいてお分かりのように、前の座席がリクライニングしていなくても回転はギリギリ。前の人がリクライニングしていたら、座席の回転は絶望的です。
普通車 |
東北・上越新幹線開業用に開発された車両で、0系をベースにしている。
東北・新潟地方は、降雪など冬期の気象条件が厳しいほか、山岳地帯の勾配が多いため、それを乗り越えるべく、厳しい耐寒構造と性能が要求された。
当初から250q運転が可能な構造だったため、1985年に240qに最高速度がアップされたが、一部の車両には改造が必要となり、これには1000番台を付与して区別している。
編成は8・10・12・16両がある。
2004年3月で、12両・16両編成は定期運用より撤退。現在、リニューアル改造を受けていない編成は全て廃車されている。
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