8月10日 8月11日 8月12日 8月13日 8月14日 8月15日 8月16日 8月17日 8月18・19日
8月15日(金) ベルサイユ宮殿 (パリ郊外)昨日体調が悪かったが、今朝はなんとか復活して食事できるようになった。さっそくエレベーターで一番下に下りる。朝食は地下2階にある、こぢんまりとした朝食ビュッフェで食べることになったが、品揃えもわりと多く、味も良かった。このあたりのお菓子屋か何かで市販されていそうな、マドレーヌも置いてあったが、これも味は上々だった。 このホテルには、2泊するので大きなスーツケース類はホテルに置いたまま、軽いサブザックのみで行動できる。 さて、ベルサイユ宮殿へは、RER高速地下鉄C線を利用する。余談だが、7月12日から8月14日までの期間、RERのC線のアンバリッド駅〜オーステルリッツ駅が工事中で閉鎖中となっていた。おそらく駅だけを閉めて、列車は改修中の駅を素通りしたものと思われるが、この間にはホテルの最寄り駅サンミッシェル・ノートルダム駅も含まれていた。ベルサイユ宮殿へ行くにはC線を使わざるをえなかったので、工事と聞いてギョッとなったが、よく見れば閉鎖は前日の8月14日までで、ベルサイユ宮殿へ行く当日とは1日違い、ギリギリで乗車できたというわけだ。
さて、サンミッシェル・ノートルダム駅からは、C線に乗る。C線はRER高速地下鉄でもフランス国鉄の経営で、国鉄の車両を使っているためか2階建て車両が運行されていた。僕が乗車した列車も2階建て車両だったが、朝8時にしてはいやに列車が空いている。パリの人々はバカンスに出かけているのか、通勤ラッシュが早いのか、どちらなのかはよく分からないが、とにかく不気味なくらい車内はガラガラで、あとはせいぜい僕と同じ、ベルサイユ宮殿へ行く観光客が乗っている程度である。ちなみに日本では朝8時というと、もう通勤地獄と言われるほどのラッシュになる。 ちなみに、フランス国鉄の経営だから、僕たちはユーレールパスで乗れてしまうわけだ。ガイドブックによると、ユーレールパスの人は、窓口で券売機を抜けるための引換券をもらうと書いてあったが、実際は窓口で聞いたところ、どんどん通っていいとのこと。よく見ると自動改札の横に通り抜ける隙間があり、係員もいないので、そこから乗ってしまった。終着駅のベルサイユ駅も改札脇の窓口に係員がいなかったので、いいのかな、と思いつつ横の窓口前を素通り。なおかつ列車内では検札もこなかったので、完全な無賃乗車もできてしまう。とはいえ、検札があったときに万一切符を持っていないと、とても厳しい罰則があるとのことで、見ていると、現地の人もみな切符を買っていた。 発車から40分くらいで終点ベルサイユに到着した。ここからは徒歩でベルサイユ宮殿まで行くことになるが、10分もかからなかった。 、先述したように、かなり室内は豪華で、室内は黄金の(?)のベッドまで展示されていた。
ベルサイユ宮殿では、入場券を買う人が長蛇の列を作っていて1時間以上待たされることがあると聞いていたので、あらかじめ前日に駅の窓口で「カルトミュゼ」を買っておいた。これは、パリと近郊の美術館や観光スポットに決めた日になら、何度でも入場できるというお得な共通入場券である。このカルトミュゼを持っていると、一般のお客と別の入り口から入ることができるので、入場券を買うのに待たされることがない。後で見たところ、入場券を買うお客が100m以上はあると思われる延々長蛇の列を作っていた。 さて、入った後になんとオーディオガイド(解説が聞こえる機械)があることを発見、母だけが戻ってオーディオガイドを2つ借りて戻ってきた。このオーディオガイドには、なんと日本語音声もあるという、日本人観光客の僕たちにはかなりありがたいものだった。このお城は一昨日見たシヨン城と違って、太陽王ルイ14世が住んでいたということで有名な城だから、室内は当然豪華なものが多いようだ。しかし、宮殿内はかなり混雑しており、あとツアー客が多かったので、あまりゆっくりと見ることはできなかったが、先述したように、かなり室内は豪華で、室内は黄金の(?)のベッドまで展示されていた。 いろいろと見たが、異常に混雑している上、背の低い弟が全く何も見えないなどので、見学はほんの入り口だけで済ますこととなり、お土産売り場を訪れてみることにした。お土産売り場では、馬や三銃士の人形のほか、絵葉書、解説書、宮殿のペーパークラフトまで販売しており、かなりバラエティに富んでいた。 結局、ここでは母が馬に乗った三銃士の人形を買っただけだったが、この頃から僕はまた具合がちょっと悪くなりかけてきた。頭がなんとなくフラフラしているのである。そんなこともあって、その後は宮殿からはさっさと出てしまい、ベルサイユ宮殿の広大な庭園を見学することにした。しかし、庭園には改めて入場料が必要なことが判明、あわてて入場券を買って戻る。にわか造りのゲートを抜けて庭園に入ると、広大な庭園内のそこここに噴水がある。そこで初めて分かったのだが、間もなく、噴水ショーが始まるところだった。「大噴水ショー」は、春から秋までの週末のみ、しかも1日3回しか行われないショーだ。しかも、この日は金曜日だが、特別開催の日に指定されていた。あわてて最寄りの噴水を見に行くと、今まさに大噴水ショーは開始されたところだった。 水が出始めた。当初は、じきに水の出方も変わるだろう、などと勝手に思い込んでいたが、実際にはずっとこの状態で水が出続けるだけという。次ページの写真ではかなり面白そうだが、実際には音楽が鳴っていて、噴水から水が出ているだけなので、最初は良いが見ているうちにだんだん飽きてくる。まあ、これも休日にしかやらないし、1日2回だけなので、かなり運が良かっただろう。さらに、この噴水はルイ14世時代の技術でいまだに噴水を出しているらしい。当時としてこんなことができたのは、太陽王であるルイ14世だけだったに違いない。 ところで、先ほどからこのあたりを何度も、馬車が通過していく。いったい何だろうと思ったら、これはこの庭園を巡るする観光用の馬車とのこと。貸切りのものと、乗り合いのものがあり、貸切りのものはかなり高いが、乗合のものは安い(ひとり7ユーロ)。いろいろなコースがあるが、我が家が乗ったのは、30分で80ユーロ(約11000円)のコースだ。宮廷近くの馬車乗り場に戻ると、ちょうど馬車がとまっていたので、それに乗ることになった。馬車を操る人はいろいろとフランス語で解説をしてくれるのだが、フランスはほとんど分からない僕たちなので、結局ガイドの言葉はほとんど分からなかったが、馬のひづめの「かっぽ、かっぽ」という音がなんとなくのどかで、かなり心地良い。道行く人がこちらを、物珍しげに眺めているので、こちらはちょっと恥ずかしいのだが。途中では、子供2人を連れた家族連れが、僕たちの馬車をバックに記念撮影をしていたので、こちらもVサインをして応えた。 ところで馬車乗車中に噴水ショーは終わってしまったらしく、水はとまっていた。水の止まっている噴水はなんともつまらなく、寂しい。初めて見たときは単調だと思ったが、やはり単調でも噴水は出ていた方が面白い。馬車の心地よい揺れを楽しみながら、座席に身をもたせて良い気分になっていると、先ほどの馬車乗り場が見えてきた。30分間の馬車の旅はあっけなく終わってしまった。 僕の乗った馬車は1頭だてだったが、2頭だてのものもある。僕の乗った馬車は、次の利用客を乗せてまた、出発していった。馬車に乗ったのはこれがはじめてで、良い思い出になってよかった。
さて、お昼時になってきたので、ひとまずホテルに戻ることにした。さっきと同じRER線に乗ったが、途中の駅から若い男性が乗り込んできた。その男性は、利用客のいるボックスに1枚づつ何やら書いてあるカードを置いてゆく。
* * *
ホテルに着く頃には僕の体調がまた悪くなってきており、結局今日も昼食抜きとなった。昼食は僕を除いた家族だけが、ホテルそばの食堂でとることになり、僕は何も食べずに涼しいホテルの部屋の中でお留守番。まあ、昨日から頻繁に胃痛を起こしているとはいえ、僕の胃痛はたいてい1〜2時間で治ってしまうので、午後の活動には影響がなかったわけだが、結局行動を再び開始したのは午後の6時ごろからだった。 いまだ明るい午後6時頃になってから、散歩がてらルーブル美術館に行くことにしたが、行ってみたら閉館時間直前で、すでに入場するためのエスカレーターなどは停止されていた。しかも、出口も帰路を辿りはじめる利用客で大混雑していた。結局、コンコルド広場から凱旋門を遠くに眺めた後、セーヌ川を観光する遊覧船に乗船することにした。これは、エッフェル塔の前からノートルダムまでを往復するもので、各社が色々な船を早朝から深夜まで運航しているらしい。ちなみに、このセーヌ川には観光用としての船のほか、路線バスのように、移動手段としての船も運航されており、色々なところに船着場があった。
しばらくすると、左手にエッフェル塔(325 m)が見えてきた。かなり高い。さっそく写真に収めておくことにした。
さて、船はここから折り返してノートルダム方面へと戻り始めた。この船は観光用だから、エッフェル塔を乗客に見せた後、ノートルダムに戻ると言う、なんとも観光船らしい航路だと思う。先ほど来たところを戻り、僕たちが乗船した船着場を素通りした後、船はノートルダムの方へと向かっていく。 ノートルダムのあるシテ島を通り過ぎてしばらくしてから、再び折りかえして、シテ島の反対側を通り、先ほどの船着場へと戻り始めた。後ろからはかなり高速で航行している船がずんずんとこちらに近づいてくる。どうやら速い航行を楽しむためのツアーらしく、瞬く間に僕の船を追い抜かしていずこもなく消え去ってしまった。 出発から約50分で元の船着場に戻ってきた。乗降口から乗客が吐き出されるように出て行く。次の乗客の列を見たところ、10数人ほど日本人観光客と見られる人が待っていた。最近西洋人ばかり見ているので、日本人はとても……あまり的確ではないが「懐かしく」感じる。
夕食がまだだったので、ホテルのそばにある繁華街を訪れた。ここは飲食店を中心に多数の店が店開きしている。ちょうど見つけたピザ・パスタ屋で夕食にした。かなり店は混雑していて、僕たちが店に入るやいなや、初老のウエイターが母の手にメニューを押し付けて、「2分間待って」といった。彼はどうやらウエイターの中でも格の高い人らしく、他のウエイターやウエイトレスにてきぱきと命令を出す姿が格好良い。 明日は胃が痛まないことを祈るのみである。
街中にあった、この公衆トイレが面白かった↑
前に戻る(back)
レポートのトップに戻る
copyright(c)2003 nukezo, All Right Reserved. |