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今日は、ホテル「ベルビュー・インターラーケン」ともお別れだ。本日は主に移動だけで、移動にはパノラマ列車を使用する、大イベントとなる。今朝も昨日と同じように朝食を済ませた後、部屋に戻ってどうにか荷物をまとめ、例の珍しいエレベーターで下に降り、チェックアウトを済ませて部屋を出た。
ホテルからインターラーケン・ヴェスト駅まで歩いた後、ツヴァイジンメン行きの特急に乗ることになっている。しばらくするとオースト駅方面から古めかしい機関車に牽引された、これも客車の列車がやってきた。僕たちの乗る車両は11号車だが、入ってみてまず戸惑った。座席の配置がまったく順不同になっているのである。僕たちは82、84、86、88の座席をとっていて、ちゃんと車両の壁には座席番号も書いてあるのだが、その番号の座席が全くどこか分からないのである。しかし、一人旅の日本人男性や日本人ご夫婦の方の手助けもあり、どうにか座席に座ることができた。僕の隣には一人旅の日本人である年配の男性が座っていて、その方もユーレールパスを利用して旅行されているとのこと。鉄道の公式サイトでダイヤを調べると、時刻表より正確な時刻を調べられる、など色々なことを僕に教えてくださった。ビールを飲んで、とてもご機嫌のようだった。
発車から50分ほどでツヴァイジンメンに到着、ここでいよいよパノラマ車両に乗ってローザンヌまで行くことになる。パノラマ列車は今まで乗っていた電車と同じホームに停車していた。しかし、この車両の号車番号の並び方はまったく順不同で、たとえば11号車の次が21号車、その次が12という、日本ではありえない並び方である。日本でも号車番号が8から11などに飛ぶことはあるが、これほどのことはない。これもヨーロッパ、しかもこの鉄道だけの特別なことと覚えておきたい。さて、11号車を探しあててみると、僕たちの座席はなんと一番先頭のパノラマ席の、前から2列目だった。先ほどの日本人観光客3人もすべてこのパノラマ列車に乗り継いだ。そして今、このパノラマ列車に乗ってみて分かったのだが、座席番号は、このパノラマ列車を基準にふられているため、先ほど乗った列車の座席配置がちぐはぐだったのだろう。どのような理由で、ここで乗り換えるようになっているのか、いささか不思議だが、できればインターラーケン方面からもパノラマ列車で運転してほしいと思った。 さて、しばらく待っていると列車はゴトリと動き始めた。この列車は、終着についてから見たことだが、中間に電気機関車が連結される形式で、僕たちの乗車している先頭車両は客車だから、走行音は静かだ。だが、山奥のため、急なカーブ、勾配が多く、車内の揺れが少し多いのが残念だが、列車の快い揺れというものも、汽車旅をよりいっそう引き立ててくれるものだ。
前から景色を望む優越感ももちろんだが、側面の車窓には、雄大な景色が広がっている。写真にもあるが、緑豊かな景色だ。
ひとしきり頭の痛くなるほど甘いりんごジュースを味わった後は、しばしその景色をゆっくりと楽しむことにしよう。日本ではこんなところはきっと無いだろう。中学1年にして、もうこんなリッチな旅を楽しめるとは、とても幸運だと思っておきたい。この後はゆっくりと景色を見ていたので、終点モントルーに到着するまでは割愛することにしよう。 さて、発車から約2時間ほどで終点モントルーに到着した。ここから別の列車に乗ってローザンヌへ向かうことになる。しかし、結局どの列車が一番早いか分からず、たまたま来た13時12分発の普通列車に乗ることにしたが、トーマスクック時刻表にも掲載されていないような各駅停車だった。やはり時刻表に載っていないだけあって、本当にすべての駅に停車していく。普通、特急や急行を使えば20分ほどで済むのだが、これは28分もかかっている。結局ローザンヌに到着したのは13時40分だった。さっそく今夜泊まるホテルへ行く。今日はホテル到着後にまたモントルーに戻り、シヨン城の見学を予定しているので、荷物を置きに行くといったほうが良いだろう。 ホテルは「ミラボー」といって、四星ホテルのようだ。ホテルの内装は「アールデコ調」というらしい。今回の部屋もコネクティング・ルームだ。部屋は205と204だが、204号室は外からは入れなくなっていて、205号室の中からだけ入ることができる。おそらく、家族で来た利用者のためなのだろう。 さて、さっそく荷物を置いてホテルを出た。まだ昼食を食べていなかったので、何にするか迷ったが、時間があまりなかったので、とりあえず駅前のマクドナルドでハンバーガーを食べることになった。僕は普通のハンバーガーとミネラルウォーターにしたが、ミネラルウォーターはなんと、またしても炭酸入りで、まずくて飲めなかった。スイスに来てからの食事は、炭酸飲料が多いのと、甘みが強すぎるのがたまらない。家からお茶のティーバッグをいくつか持ってきたので、今晩ホテルに戻ってから飲むとしようと考える。 さて、ローザンヌ駅からは先ほど普通電車に乗ってきた線をまたモントルーまで戻って、シヨン城へ行くことにした。今度は特急列車に乗ることができたし、ユーレールパスは1等車用なので、今回もまた1等車に乗ることにした。1等車は10日に乗った「インターシティー」と基本的に同じだが、座席はかなり古いものだった。しかし、すわり心地は十分だ。やっぱりさすが特急というだけあって、かなりスピードが速いし、通過駅も多い。結局モントルーには、先ほどの普通電車より10分ほど短い20分で到着してしまった。モントルー駅を出てカンカン照りの中、しばらく歩いたところが、レマン湖畔を結ぶ船の乗り場だった。この船もユーレールパスで乗船できるのでありがたい。 さて、しばらく待っているとあちらから水色の派手な船がやってきた。船着場のそばには水着をきた子供たちが何人かいて、湖で泳いでいたり、岸で遊んだりしている。確かに今日は湖で泳ぐにはうってつけだろう。僕も水着を持ってくればよかったな、などとそんなことを考えながら、泳いでいる人たちが少し羨ましかった。 さて、しばらくしていると、船がゆっくりと船着場から離れ始めた。船はみるみる加速して湖の上を軽快に走り始めた。岸側を見ていると、水泳が目的の人が数多く岸に寝そべっている。船は7〜8分ほどでシヨン城に到着した。写真(左)が、船着場から撮影したシヨン城である。見た感じでもあまり豪華な雰囲気は漂っていない。入り口で入場料金を払って、パンフレットをもらった。ここは、日本人観光客も多いのか、ちゃんと日本語版もあり、表紙には「シヨン城へようこそ」と書いてあった。このパンフレットによると、このシヨン城は貴族や豪族が豪華に住むための城ではなく、関所や要塞として建立されたものらしい。当然、中もあまり豪華ではなかった。まず中に入って、処刑場を見た。そこには、上に先が輪になったひもがかけてあって、おそらく首吊りをして処刑したのだろう。かなり血に塗られた歴史のある場所で、薄気味悪かったので早々に次の場所へうつることにした。
次は有名な「バイロンの落書き」。これはかなり貴重なものなのでガラスによりカバーされていた。聞いたことによると、このシヨン城はずいぶん前から観光地だったようで、バイロン(英国の詩人)も200年ほど前にここに来て、このシヨン城の歴史に感動し、ちょっといたずらで書いてしまったものだという。ちなみに、このほか一般観光客の落書きも多くあり、マジックで書いたと見られる日本人観光客の落書きというものも見つかった。まあ、バイロンの落書きならともかく、こんな一般観光客の落書きは、せっかくの記念物が台無しになってしまうから、やめたほうがいいと思う。 さて、ここでちょっと面白いことがあった。このシヨン城には、排水口か何かしらないが、丸い穴が壁にいくつかあいている。中に何も入っていないと知りながら手を突っ込んでみると、何かが手に当たった。なんだろうと思って引っ張り出してみると……それは……観光客の食べたりんごの芯だった。りんごはどうやら青りんごらしく、真ん中の種と芯の部分が残っていた。おそらく誰かがりんごを食べながらここに来て、このバイロンの落書きを見ている間に食べ終えてしまい、どこに捨てるか迷ったあげくに、そこに捨てたのだろう。でも、こんなところで思いがけずりんごの芯が出てくるとは驚きで、ちょっと良い思い出になった。リンゴはかなり湿っていたので、おそらく1週間以内に、ここに捨てられたもののようだ。 次に、当時使用されていたトイレの部屋を見た。トイレは、木の板に穴が開いているもので、そこにまたがって用を足したものらしい。僕が見たときは観光客への配慮として、その穴の部分はガラスのようなものでカバーされていたが、昔実用していたときはここはカバーなどなく、足を踏み外したら大変なことになっていただろう。この図にも書いてあるとおり、ここでした汚物は下にそのまま落ちるわけで、かなり不衛生だが、当時の人はうまく湖にそれが落ちるようになっていて、ある意味、当時の水洗トイレといえるだろう。とはいえ、湖が汚くなるに違いないことは確実だが………。 そのほか接客用の居間、剣や鎧が立ててある部屋など、たくさんの部屋があったが、驚いたのは、ここに飾られているベッドだとか、ドアの高さがかなり低かったことだ。ここの部屋に住んでいた人はかなり小柄だったのだろう。このほか、兵隊が着ていた、非常に大きい鎧も展示されていた。鎧はもうとても重そうで、この時代の兵隊はよくぞこんな重い鎧を着て弓をうったりしたものである。ちょっと動くだけでも相当な力が必要だったに違いない。 その後は同じような部屋ばかりだったが、最後にシヨン城の一番上の部屋まで上がることにした。天守閣はかなり高いところにあるが、こんな昔のお城にエレベーターなぞあるわけないのだから、当然階段を上らなければならない。なおかつ、この階段はある程度高いところにくると次第に急になってきて、はしごが階段状に組まれているだけのような感じである。結局一番上まで上ったときはヘトヘトになってしまったが、そこの窓からの景色は良いものだった。 もやがかかり気味の、高い山がバックになっていて、前景には幾分古い建物が立ち並び、左側には湖畔が………という、絵葉書を見ているかのような気分である。床はかなり古いためか少しギシギシとなった。 さて、上で10分くらい景色を見たりして楽しみ、今度は先ほどの階段を下ることになる。先ほどは上りだったが、今度は下りだ。こんな急な坂を下るのはかなり辛く、ひょっとして足を踏み外す可能性もあるので、もうおそるおそると言った感じで降りなければならない。しかも、上りより降りる方が危ないと言うのに、こちらは上る方に道を譲らなければならないのがなんとも悔しい。 それでもどうにか一番下まで降りたが、既にモントルーへ戻る最終の船は出発した後で、今からモントルーに戻るには、どうしてもバスに乗って戻るしか方法は無い。仕方なく道路に出て、最寄リの停留所で待っていると、遠くから屋根にパンタグラフをつけたバスがやってきた。そう、これはトロリーバスである。トロリーバスとは、架線から電気をとって、その電気を動力にして走るバスである。日本でも最近までかなりあったが、走行させるためには架線をしくなど、かなり工事が必要だし、運転も難しいなどの理由で現在はほとんど使われていないという。バスの利点を生かしつつ、環境問題も解決されれば十分だと思う。日本でも導入して欲しいが、日本では「アイドリングストップバス」などと称して、停車中はエンジンを切るなど、別の対策をしているらしい。
さて、このバスは電気で走るので、当然のことながら走行音は静かだ。しかも、走り出すときは電車のような音がして面白い。バスに運賃箱はなく、切符は車内に備え付けの券売機で買うことになっている。 しばらく乗車したが、両親が間違って違う場所で降りてしまったので、結局降りたのはモントルーまでまだしばらく歩かないとならない停留所だった。別にそれでも良いのだが、できればもっと長くトロリーバスに乗っていたかった。
でも、暑さとのどの渇きでヘトヘトになりながら何とかモントルー駅前まで行くと、ちょうどスーパーマーケットがあったので、そこでミネラルウォーターや夕食に食べるパンなどを購入した。これで夕食の準備はひとまず完了。さっそく駅のホームに上り、行きと同じ急行列車に乗り込み、19時ちょうどにローザンヌに到着した。
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