8月10日 8月11日 8月12日 8月13日 8月14日 8月15日 8月16日 8月17日 8月18・19日
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今日は時差ボケも幾分おさまったが、いまだ眠い。早いところこちらの時間に慣れたいものだ。 昨日泊まったホテルには2泊するので、今日は荷物を大してまとめておかずに済むので、少し気が楽だ。さっそく朝食のために下に下りていく。改めて例の「手動ドア式エレベーター」に乗ったが、やっぱり何となくウズウズする気持ちを抑えられない。 さて、食堂は0階(地上階)にあった。かなり豪華な雰囲気で、食堂というよりは「3つ星レストラン」の方が適格だろう。ここも昨日のホテルと同じ、ビュッフェ式になっていた。パンはクロワッサン、丸パン、あと自分の好きな厚さに切って食べるフランスパンの3種類から選べるようになっていた。コーヒー、ココア(ホットチョコレート)などは係員が注文を取っており、色々とサービスも良いと感じた。その他は、ハム、チーズ、ゆで卵、ジャム、マーガリンなどがあり、昨日の朝食とはかなり差がある。ハムも3種類あり、味は上々だった。
日本では東北新幹線の「はやて」、「こまち」、「MAXやまびこ」「つばさ」などで、電車の分割併合が見られるが、このような例はいたって少ない。理由は、動力が一番先頭の機関車しかないと、山あり谷ありの日本では、急な上り坂で車輪が空回りを起こすことが多いことと、瞬発力が遅いことらしい。日本では、並行する高速バス・航空機との競争が激しいため、ともかく高速化を図ろうとしているために、客車の良さは認められず、ひたすら速く走れる電車の製造ばかりをしていると思う。 さて、僕はこの鉄道を使用するときに、かなりお得なきっぷを使用した。これは「ジュニアカルテ」と呼ばれるもので、親と旅行する子供(16歳まで)は、最初に20スイスフラン(約1600円)を払えば、インターラーケンやユングフラウ方面の鉄道やロープウェーなどに、1年間乗り放題という、かなり太っ腹なきっぷである。利用の際には親の同行が必要となるところが、なんとも残念だが、有効期限が1年間ということは、また来年行っても、インターラーケン周辺の鉄道は乗り放題というわけである。
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さて、駅の構内を見回しているうちに、列車はドアがしまり、ゆっくりと動き始めた。ヨーロッパの駅では「発車します」の放送がない駅が多く、出発の時刻になったらおもむろにドアが閉まって、スーッと電車が動き出してしまうので、ギリギリまでホームにいることは不可能に近い。電車は大きくカーブして緑の草が茂る、気持ちの良い場所をゆっくりと走り始めた。線路の関係か、それとも車両の関係かは不明だが、揺れが多い。でも、別にイヤなわけではなく、気持ちの良い揺れなので、それも良いだろう。
50分ほどで終点グリンデルワルトに到着した。ここの海抜は2681m。結構な高さを上ったことになる。 ここからは、ホームの反対側から出る別の登山鉄道に乗り換えて、すぐ隣のグルント駅までいく。この電車はアプト式といって、変わった鉄道である。アプト式とは、レールとレールの間に歯型のついた特殊なレールをもう一本敷き、それが車両の車輪の間についている歯車とかみ合って、急な坂を上り下りしやすくするものである。日本でも大井川鉄道井川線の一部区間で採用されている。次のグルント駅には数分で到着した。ここからはさらにロープウェーに乗り換えてメンリッヒェンまで行く。鉄道の駅とロープウェーの駅は少し離れているが、地図を見ながら5分くらいで着いてしまった。 ロープウェー乗り場では、多数の利用客が列を作っていた。おそらく僕らと同じロープウェーに乗るための順番待ちなのだろうが、この中には数人日本人観光客と見られる人もおり、ひさたかぶりに日本人を見た気分になった。まあ、ひさたかぶりとはいっても、まだ2日しかたっていないのだが、西洋人の中にいると何か孤独を感じてしまうものである。順番待ちとは言っても、ロープウェーのゴンドラ数が多いためか、列はスムーズに動き、数分で乗り込むことができた。ゴンドラは赤と黄色で、順不同となっている。乗る前から見ていると、全体的に赤が多い。 さて、どうにか乗り込むと、ゴンドラはゆっくりと動き始めた。どのような構造になっているかは分からないが、ゴンドラのドアは、登りだす前に自動的にゴロゴロとドアが閉まる自動ドアとなっていた。ロープが上に伸びるようになると、ロープウェーのスピードも上がった。かなり高い高度にまで達したようだ。下には茶色や赤など、色とりどりの屋根の家が、ポツポツと建っている程度で、その他は全て平原も同然のようなところだ。酪農家の家もあり、広い牧草地に牛が放されていた。このロープウェーには途中駅が2つもあり、とても珍しかった。日本ではこのようなことはあまりないし、ロープウェー自体も少ない。 30分ほど乗って、11時25分にメンリッヒェンに到着した。ここからはハイキングを兼ねてクライネシャイデック駅のそばまで歩いて下る予定だ。メンリッヒェン〜クライネシャイデックにはハイキングコースが整備されており、多数の利用客が並んで歩いているのが遥か遠くまで見える。ロープウェーの駅前には、子供用遊び場とレストランが設置されており、なかなか整備されていると思ったが、グルント駅より少々寒く感じる。では、さっそくそのハイキングコースをたどってみることとしよう。
* * *
少し歩くと、もう周囲は静かになり、後はハイキング客の話し声だけかと思ったら、何か「カランコロン」というのどかな音がどこからか聞こえてくる。そばに牧草地があり、多数の牛が放されていて、草を食べていた。牛の首にはかならずカウベルが取り付けられていて、「カランコロン」という音は牛が首を動かすたびに、カウベルが奏でる音だった。学校にあるカウベルはかなりやかましいが、ここでは対照的にとてものどかな音に聞こえる。スイスアルプスでこんな音が聞けるとはかなり驚きだった。 道端には高山植物が豊富だ。暑さがひどいが、植物などを見るにはちょうど良い時期に来ることができたようで良かった。だが、そんなことを考えていられたのもここまでだった。 クライネシャイデックまでは山をいくつか越えたりする必要があるため、道は山の周りを迂回して通るようになってるため、歩行距離がどうしても長くなってしまい、足が疲れてきてしまう。まあ、迂回しているとは言えども、上り坂は少ないし、何より驚いたのが足も弱くなりかけた、おばあさんまで歩いているので、中学生が「疲れた〜」などと文句を言える立場ではない。ここは我慢して歩くことにしたが、しばらく歩くと疲れもとれてきた。
こんなところで土砂崩れに遭ったらひとたまりもないと思ったが、山の斜面には紫色や黄色など、色とりどりの花が咲いている場所もあり、まさにここは「本当の自然」がある地だと実感した。日本ではマンションなどを建てるべく、山を切り崩したりしている場面を良く見かけるが、あんなにたくさんマンションを作って入居する人がいるものだろうか。マンションなどを作るよりは、空気汚染防止や、何より自然保護として、山の木々や草を守るべきだと思った。
しばらくすると、歩くのに慣れてきたのか、疲れもとれた。今通っている下り坂は、山の周りをぐるりと迂回するようになっているため、急な下り坂ですべるなどの心配もない。
* * * ここからは、弟の体調によって予定を変えることにした。弟が喘息持ちのため、あまり高いところに上りすぎると、気圧が低いために喘息を起こしてしまう可能性があるため、クライネシャイデック休憩中の体調を見て予定を考えることとなったが、弟の体調はかなり良く、予定を変更することになった。この予定変更とは、このクライネシャイデックからユングフラウヨッホまで直通する登山列車が出ているため、これに乗り込んでユングフラウヨッホまで行こうという計画である。しかし、クライネシャイデックの海抜が2061mなのに対し、ユングフラウヨッホはなんと3454m。日本の富士山の3776mと322mしか違わない。これがために、ユングフラウヨッホへ行くかは弟の体調次第だったわけだ。 さて、簡単に昼食を済ませて、すぐに登山列車でユングフラウヨッホへ向かうこととなった。写真のように、赤を基調としたデザインが美しい。この鉄道も先ほど紹介したアプト式を使用している。ところで、実を言うと下(↓)の写真はホームから撮影した。ホームといっても、ヨーロッパの鉄道には改札がないため、自動改札などはつける必要もないのである。だから、一見普通の場所に見えるところが実は駅だったりということも珍しくない。
大きく右にカーブすると、
3℃といえば、日本の横浜でもめったに出ない寒さである。そのためか、車内は防寒着を着る準備をする人たちでざわついているが、僕は昔から寒さはあまり感じないので、ここはとりあえずTシャツ1枚のままで上に上がることとした。 発車から1時間、15時30分にユングフラウヨッホ駅に到着。下りていくほとんどの人がオーバーやマフラーなどの防寒対策をしっかりとしていたが、僕はなぜかあまり寒さを感じず、結局Tシャツのままで行動開始ということにした。まあ、摂氏3度のところでTシャツ1枚にて行動したためか、翌日と翌々日はかなり体調を崩してしまったが。
このユングフラウヨッホは、かなり整備されていて、レストランやお土産売り場、展望台までついている「スフィンクス」と呼ばれる建物もあった。ほぼ地下も同然のホームから直接スフィンクスへ入ることができ、防寒着も大して必要なかったのではと思ったが、建物の中もちょっと寒いような気がした。ここには展望台もついており、8月なのにいまだ一面雪世界となっているユングフラウ(4158 m)やメンヒ(4099 m)、アレッチ氷河を見ることができる。観光客の話し声が少々やかましいが、どこまでも続く雪山につくづく感動した次第である。薄い霧が出てきた。
と、そのとき、隣の高速エレベーターから何人かの観光客が降りてきた。その人たちの話によれば、彼らの乗っていた高速エレベーターが途中で故障して停止。10分間もエレベーターの中に閉じ込められた末、たった今、何とか降りられたのだそうだ。故障したエレベーターの中には小学生3年生くらいの男の子もおり、閉じ込められたのが怖かったのか、べそをかいていたが、確かにエレベーターで閉じ込められると心配になってしまう気分も分からないではない。
下に降りて、今度は「氷の宮殿」なるものの見学へ行くことにしよう。暗い通路をしばらく歩いていくと、そこは氷の中にいるかのような気分になる。
さて、次はメンヒの入り口を見学することにしよう。本当はメンヒに登ることも出来るが、片道2時間以上かかるというし、かなり寒いのでここはとりあえず入り口だけ見学することにした。メンヒの入り口には、登山客と見られる人がたくさん歩いていたが、雪があって、もう8月とは思えないくらい寒いようだが、あまり寒さを感じない。手のひらに乗るくらいの雪だるまを作ったりして遊んでいるうちに、そろそろ最終電車の時刻が近づいてきたので、駅に戻る。最終電車はなんと18時5分に出てしまうし、かなり利用客が多く、座れないことが多いため、できるだけ早いうちに駅について、並んでおいたほうが良いのだ。 駅のホームに着くと、すでに2、3人の利用客が最終電車を待ち構えていた。しかし、駅員の話によるとなんと違うホームに入線するとのこと。それが分かったのはすでに今まで僕らが待っていたホームに列車が入線した直後だったから、今まで60人くらい待っていた人々は高波のように、隣のホームへと駆け出していく。僕も人の間を縫って縫って縫って……隣のホームには少々古めの車両が停車していたが、どうにか車両の一番端のボックスシートを確保できた。座席に座ってから、改めてホームを見回してみると、座れずに困っている利用客を何人か見かける。こんなに観光客が多いのなら車両の数を増やすとか、本数を増やすなどの対策をして欲しいと思ったが、車両の都合や単線であることから現在が限界なのだろう。
さて、発車から55分、19時55分にラウターブルンネンに到着、ここからはインターラーケン・オースト行きのこれまた私鉄に乗り換えることになる。この「路面電車もどき」が到着した隣のホームに入線するので乗換もしやすかった。しばらくすると機関車に牽引された列車がやってきた。これが国鉄なら「ユーレールパス」にて1等に乗れるのだが、今回は私鉄だから2等車で我慢しておく。車内はかなり混雑していて、ボックスは確保できなかった。 20時5分にラウターブルンネンを発車したが、外は相変わらず明るい。夏は日没がかなり遅いようだが、そのかわり冬は午後3時ごろで日が沈んでしまうとのことだ。 さて、ここでちょっと小ネタをひとつ。今までヨーロッパにいて思ったことだが、このあたりには男性でも髪が長い人をかなり見かけることである。日本ではめったに見ないことだが、こちらでは案外いるもので、みんなそのような人たちを妖しげに見たりもしないことが印象的だった。 そんなことを考えているうちに、20時30分、インターラーケン・オースト駅に到着。ここからは20時39分発IC941号(ボーデン湖畔のローマンスホルン行き)に乗り換えて、すぐ隣のインターラーケン・ヴェストまで向かう。今度は国鉄なので、短い間でも1等車に乗れるとワクワクしていたが、この列車の中間になぜか白に赤の横じまがはいった車両が2両連結されていた。何だろうと思って見てみたら………それは………「DB(デーベー)」だったのだ。 「DB」というのはドイツ国鉄のことで、早い話がドイツ国鉄の車両がスイス国鉄のインターシティーに2両だけ組み込まれているわけである。なぜスイス国鉄にドイツ国鉄の車両が連結されているのかかなり気になるが、DBの車両はともかく車内設備が良いと聞いていたので、大急ぎで乗り込むことにした。
夢中で車内写真を撮影したり、設備を見たりしているうちに19時39分になり、発車した。当然のことながら、客車だし個室だから走行音はほとんどレールとレールのつなぎ目を踏むときの「カカンココン」くらいしか聞こえない。こんなに良い個室つきの車両を日本の「スーパービュー踊り子」などにも導入してみればと思ったが、現在はスペースもあまりなさそうなので無理な要望になりそうだ。
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