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ヨーロッパ鉄道堪能の旅
2003年8月10日〜19日

8月10〜19日にかけて行ってきたヨーロッパ鉄道堪能の旅のレポートです。これは8月12日の分です。

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8月12日(火) アルプス・ハイキングとユングフラウヨッホ

今日は時差ボケも幾分おさまったが、いまだ眠い。早いところこちらの時間に慣れたいものだ。
昨日泊まったホテルには2泊するので、今日は荷物を大してまとめておかずに済むので、少し気が楽だ。さっそく朝食のために下に下りていく。改めて例の「手動ドア式エレベーター」に乗ったが、やっぱり何となくウズウズする気持ちを抑えられない。
さて、食堂は0階(地上階)にあった。かなり豪華な雰囲気で、食堂というよりは「3つ星レストラン」の方が適格だろう。ここも昨日のホテルと同じ、ビュッフェ式になっていた。パンはクロワッサン、丸パン、あと自分の好きな厚さに切って食べるフランスパンの3種類から選べるようになっていた。コーヒー、ココア(ホットチョコレート)などは係員が注文を取っており、色々とサービスも良いと感じた。その他は、ハム、チーズ、ゆで卵、ジャム、マーガリンなどがあり、昨日の朝食とはかなり差がある。ハムも3種類あり、味は上々だった。


部屋に戻って、荷物をまとめる。今日は主にユングフラウ・ヨッホの山に登るだけで、このホテルには2泊するため、サブザックだけ持っていくこととなる。ホテルを出て、インターラーケン・オースト駅まで徒歩で行くことになった。僕たちが泊まるホテルは、ちょうどインターラーケンヴェスト駅と同オースト駅のちょうど中間に位置するため、オースト駅まで歩いてもいいし、ヴェスト駅からオースト駅まで、列車に乗っていくのもOKなのだが、ここは散歩を兼ねてオースト駅まで歩くこととした。しかし、ここは両親も初めて来るところなので、どちらへ行ってよいのかよく分からない。方向は大体わかるのだが、どの道が一番近いか迷っていると、地元の老婦人が母に声をかけてきた。そこでオースト駅までの行き方を英語で教えてくれたので、父母もようやく方向が分かった。英語があまりできない僕もユングフラウ・ヨッホに早く行きたかったので、ありがたかった。この場を借りてお礼申し上げたい。Danke schoen!!!

さて、20分ほど歩いてインターラーケン・オースト駅に到着した。ここからはグリンデルヴァルト行きの登山列車が出ている。僕たちは9時36分発のグリンデルヴァルト行き

インターラーケンオースト駅のそばにはこんなものもあった。というか、これ何?(上)
山の中を縫うように進んでいく登山鉄道の車窓より(下)
に乗ることになった。しばらく待つと、小さな電気機関車に引かれた短い列車がやってきた。これが、今から乗る列車なのである。日本では、箱根登山鉄道のように登山する路線では電車を使うことが多いが、ヨーロッパでは「電気機関車+客車」となっていた。この鉄道に限らず、ヨーロッパでは電車は少なく、電気機関車が客車を牽引する形式のものが多いようだ。ヨーロッパでは、はじめは1本の列車として出発し、途中駅で分割併合をするが多く、それをするには電車より客車のほうが便利なため、客車列車ばかりが目立つようになったのだと思う。

日本では東北新幹線の「はやて」、「こまち」、「MAXやまびこ」「つばさ」などで、電車の分割併合が見られるが、このような例はいたって少ない。理由は、動力が一番先頭の機関車しかないと、山あり谷ありの日本では、急な上り坂で車輪が空回りを起こすことが多いことと、瞬発力が遅いことらしい。日本では、並行する高速バス・航空機との競争が激しいため、ともかく高速化を図ろうとしているために、客車の良さは認められず、ひたすら速く走れる電車の製造ばかりをしていると思う。

さて、僕はこの鉄道を使用するときに、かなりお得なきっぷを使用した。これは「ジュニアカルテ」と呼ばれるもので、親と旅行する子供(16歳まで)は、最初に20スイスフラン(約1600円)を払えば、インターラーケンやユングフラウ方面の鉄道やロープウェーなどに、1年間乗り放題という、かなり太っ腹なきっぷである。利用の際には親の同行が必要となるところが、なんとも残念だが、有効期限が1年間ということは、また来年行っても、インターラーケン周辺の鉄道は乗り放題というわけである。

* * *

さて、駅の構内を見回しているうちに、列車はドアがしまり、ゆっくりと動き始めた。ヨーロッパの駅では「発車します」の放送がない駅が多く、出発の時刻になったらおもむろにドアが閉まって、スーッと電車が動き出してしまうので、ギリギリまでホームにいることは不可能に近い。電車は大きくカーブして緑の草が茂る、気持ちの良い場所をゆっくりと走り始めた。線路の関係か、それとも車両の関係かは不明だが、揺れが多い。でも、別にイヤなわけではなく、気持ちの良い揺れなので、それも良いだろう。

やがて背の高い木の間を縫うようにして走るようになった。となりの道には、車が走っていったと見られる轍が残っており、何か山奥の田舎という言葉を連想してしまう。しばらく走ると急な上り坂が目立つようになったが、この登山電車は何のためらいも見せずに楽々と坂を上っていく。この上り勾配がどれほどあるかどうかは分からないが、車内が上に傾くことがあるので、場所によってはかなりの勾配を通過しているのだろう。ちなみに日本では大井川鉄道井川線の90パーミル(1000m走って90m上る坂)が最大だとのこと。
なんとも長閑で気持ちの良い、スイスの田舎の風景。

50分ほどで終点グリンデルワルトに到着した。ここの海抜は2681m。結構な高さを上ったことになる。
ここからは、ホームの反対側から出る別の登山鉄道に乗り換えて、すぐ隣のグルント駅までいく。この電車はアプト式といって、変わった鉄道である。アプト式とは、レールとレールの間に歯型のついた特殊なレールをもう一本敷き、それが車両の車輪の間についている歯車とかみ合って、急な坂を上り下りしやすくするものである。日本でも大井川鉄道井川線の一部区間で採用されている。次のグルント駅には数分で到着した。ここからはさらにロープウェーに乗り換えてメンリッヒェンまで行く。鉄道の駅とロープウェーの駅は少し離れているが、地図を見ながら5分くらいで着いてしまった。

ロープウェー乗り場では、多数の利用客が列を作っていた。おそらく僕らと同じロープウェーに乗るための順番待ちなのだろうが、この中には数人日本人観光客と見られる人もおり、ひさたかぶりに日本人を見た気分になった。まあ、ひさたかぶりとはいっても、まだ2日しかたっていないのだが、西洋人の中にいると何か孤独を感じてしまうものである。順番待ちとは言っても、ロープウェーのゴンドラ数が多いためか、列はスムーズに動き、数分で乗り込むことができた。ゴンドラは赤と黄色で、順不同となっている。乗る前から見ていると、全体的に赤が多い。

さて、どうにか乗り込むと、ゴンドラはゆっくりと動き始めた。どのような構造になっているかは分からないが、ゴンドラのドアは、登りだす前に自動的にゴロゴロとドアが閉まる自動ドアとなっていた。ロープが上に伸びるようになると、ロープウェーのスピードも上がった。かなり高い高度にまで達したようだ。下には茶色や赤など、色とりどりの屋根の家が、ポツポツと建っている程度で、その他は全て平原も同然のようなところだ。酪農家の家もあり、広い牧草地に牛が放されていた。このロープウェーには途中駅が2つもあり、とても珍しかった。日本ではこのようなことはあまりないし、ロープウェー自体も少ない。

30分ほど乗って、11時25分にメンリッヒェンに到着した。ここからはハイキングを兼ねてクライネシャイデック駅のそばまで歩いて下る予定だ。メンリッヒェン〜クライネシャイデックにはハイキングコースが整備されており、多数の利用客が並んで歩いているのが遥か遠くまで見える。ロープウェーの駅前には、子供用遊び場とレストランが設置されており、なかなか整備されていると思ったが、グルント駅より少々寒く感じる。では、さっそくそのハイキングコースをたどってみることとしよう。

* * *

少し歩くと、もう周囲は静かになり、後はハイキング客の話し声だけかと思ったら、何か「カランコロン」というのどかな音がどこからか聞こえてくる。そばに牧草地があり、多数の牛が放されていて、草を食べていた。牛の首にはかならずカウベルが取り付けられていて、「カランコロン」という音は牛が首を動かすたびに、カウベルが奏でる音だった。学校にあるカウベルはかなりやかましいが、ここでは対照的にとてものどかな音に聞こえる。スイスアルプスでこんな音が聞けるとはかなり驚きだった。

道端には高山植物が豊富だ。暑さがひどいが、植物などを見るにはちょうど良い時期に来ることができたようで良かった。だが、そんなことを考えていられたのもここまでだった。

クライネシャイデックまでは山をいくつか越えたりする必要があるため、道は山の周りを迂回して通るようになってるため、歩行距離がどうしても長くなってしまい、足が疲れてきてしまう。まあ、迂回しているとは言えども、上り坂は少ないし、何より驚いたのが足も弱くなりかけた、おばあさんまで歩いているので、中学生が「疲れた〜」などと文句を言える立場ではない。ここは我慢して歩くことにしたが、しばらく歩くと疲れもとれてきた。

どこまでも展開するスイスアルプスの風景(上)
山道脇には多数の高山植物が花を咲かせていた(下)
それにしても、本当に山並みの景色が綺麗なのに驚く。遥か遠くに村らしきものが見えるが、そばは写真のとおり、家が数軒建っているだけで、あとは緑の牧草と木だけである。ずっと歩いていくと、幾分高度も下がってきたようだが、もう疲れがないので自分がどれだけ歩いてきたのか、何kmともつかぬ距離を歩いてきたのかどうかはまったく分からない。左側は険しいがけになっていて、右側は山が迫っている。
こんなところで土砂崩れに遭ったらひとたまりもないと思ったが、山の斜面には紫色や黄色など、色とりどりの花が咲いている場所もあり、まさにここは「本当の自然」がある地だと実感した。日本ではマンションなどを建てるべく、山を切り崩したりしている場面を良く見かけるが、あんなにたくさんマンションを作って入居する人がいるものだろうか。マンションなどを作るよりは、空気汚染防止や、何より自然保護として、山の木々や草を守るべきだと思った。

しばらくすると、歩くのに慣れてきたのか、疲れもとれた。今通っている下り坂は、山の周りをぐるりと迂回するようになっているため、急な下り坂ですべるなどの心配もない。
このあたりまで来ると、ハイキング道にも人の姿が目立ち始めた。このあたりも風景が綺麗だから、風景を見ながらゆっくりと歩く人が多いらしいが、一部は登山靴をはくなど、ちゃんとした登山の準備をしているような人も見かけた。先ほどまで左側に展開していたアイガーやユングフラウは僕が登っているように、こんな簡単に登れるような場所ではないらしい。映画で時々見るが、あんな垂直なところをよく上っていけるものだと思う。そして13時25分ごろ、1時間45分あまりのハイキングを終えて、僕たちはクライネシャイデックに到着した。

* * *

ここからは、弟の体調によって予定を変えることにした。弟が喘息持ちのため、あまり高いところに上りすぎると、気圧が低いために喘息を起こしてしまう可能性があるため、クライネシャイデック休憩中の体調を見て予定を考えることとなったが、弟の体調はかなり良く、予定を変更することになった。この予定変更とは、このクライネシャイデックからユングフラウヨッホまで直通する登山列車が出ているため、これに乗り込んでユングフラウヨッホまで行こうという計画である。しかし、クライネシャイデックの海抜が2061mなのに対し、ユングフラウヨッホはなんと3454m。日本の富士山の3776mと322mしか違わない。これがために、ユングフラウヨッホへ行くかは弟の体調次第だったわけだ。

さて、簡単に昼食を済ませて、すぐに登山列車でユングフラウヨッホへ向かうこととなった。写真のように、赤を基調としたデザインが美しい。この鉄道も先ほど紹介したアプト式を使用している。ところで、実を言うと下(↓)の写真はホームから撮影した。ホームといっても、ヨーロッパの鉄道には改札がないため、自動改札などはつける必要もないのである。だから、一見普通の場所に見えるところが実は駅だったりということも珍しくない。



さて、14時30分にドアが閉まり、登山電車は、小野田線本山支線のクモハ42のような、重厚感あるモーター音を車内に響かせながらゆっくりと走り始めた。もちろん、この登山鉄道でも僕と弟は、ジュニアカルテを利用した。両親はユーレールパスを提示したので、25スイスフラン割引の77スイスフラン(一人往復、約6200円)になった。

大きく右にカーブすると、

ユングフラウ鉄道の登山電車。ご苦労様です(上)。
既に一面、白銀の世界……(中)。
氷の宮殿の中はなんとも幻想的な世界が広がる(下)
急な上り坂が始まったが、電車は平気で登っていく。いったいこの坂が何パーミルあるのかどうかはもう想像もつかないが、車体がかなり縦方向に傾くのに驚いた。アイガーヴァント駅を出ると、まもなく長い長いトンネルに入った。山の斜面が急なためか、トンネルの中を上っていくものらしい。窓を開けると風が冷たい。早々に窓は閉めた。僕の座っている座席のそばに、大きなテレビ画面が設けられていて、そこに表示されていた情報によれば、ユングフラウヨッホの気温はなんと3℃。
3℃といえば、日本の横浜でもめったに出ない寒さである。そのためか、車内は防寒着を着る準備をする人たちでざわついているが、僕は昔から寒さはあまり感じないので、ここはとりあえずTシャツ1枚のままで上に上がることとした。

発車から1時間、15時30分にユングフラウヨッホ駅に到着。下りていくほとんどの人がオーバーやマフラーなどの防寒対策をしっかりとしていたが、僕はなぜかあまり寒さを感じず、結局Tシャツのままで行動開始ということにした。まあ、摂氏3度のところでTシャツ1枚にて行動したためか、翌日と翌々日はかなり体調を崩してしまったが。

このユングフラウヨッホは、かなり整備されていて、レストランやお土産売り場、展望台までついている「スフィンクス」と呼ばれる建物もあった。ほぼ地下も同然のホームから直接スフィンクスへ入ることができ、防寒着も大して必要なかったのではと思ったが、建物の中もちょっと寒いような気がした。ここには展望台もついており、8月なのにいまだ一面雪世界となっているユングフラウ(4158 m)やメンヒ(4099 m)、アレッチ氷河を見ることができる。観光客の話し声が少々やかましいが、どこまでも続く雪山につくづく感動した次第である。薄い霧が出てきた。
この展望台でどこまでも続く山並みを見てから、エレベーターで一番下に降りようとしたが、乗ったエレベーターはひとつ下の階までしか行かないものだった。仕方なく1個下まで降りてここから一番下までいく高速エレベーターに乗ることにした。

と、そのとき、隣の高速エレベーターから何人かの観光客が降りてきた。その人たちの話によれば、彼らの乗っていた高速エレベーターが途中で故障して停止。10分間もエレベーターの中に閉じ込められた末、たった今、何とか降りられたのだそうだ。故障したエレベーターの中には小学生3年生くらいの男の子もおり、閉じ込められたのが怖かったのか、べそをかいていたが、確かにエレベーターで閉じ込められると心配になってしまう気分も分からないではない。

下に降りて、今度は「氷の宮殿」なるものの見学へ行くことにしよう。暗い通路をしばらく歩いていくと、そこは氷の中にいるかのような気分になる。
不思議なくらい、氷の中は青白く光っている。しかもこの氷は表面が少々ぬれている程度で、石のようにかたく、家庭用冷蔵庫などで作る氷とはわけがちがいそうだ。氷の床は歩くとつるつると滑るので、歩くときも注意が必要だ。スケートはしたこともないし、できないが、こんなに青白くて涼しくて、気持ちの良いところをスケートなんかでスーッと滑ってみたら気持ち良いだろうな…などと考えてみたりもする。しかも、この氷の宮殿の中には、動物や水晶(写真右)など、様々な氷像が飾られていた。これがなかなか美しく、ストロボをたいて撮影した写真を見ると、よりいっそう輝いて見えると思ったがいかがだろう。



「氷の宮殿」からようやく抜けたら、今度はお土産屋で絵葉書を買い、ここから祖父母にはがきを出した。「スフィンクス」には郵便局もあって、なぜか入り口のところに日本の赤ポストまで立っていたが使用は出来ないらしい。

さて、次はメンヒの入り口を見学することにしよう。本当はメンヒに登ることも出来るが、片道2時間以上かかるというし、かなり寒いのでここはとりあえず入り口だけ見学することにした。メンヒの入り口には、登山客と見られる人がたくさん歩いていたが、雪があって、もう8月とは思えないくらい寒いようだが、あまり寒さを感じない。手のひらに乗るくらいの雪だるまを作ったりして遊んでいるうちに、そろそろ最終電車の時刻が近づいてきたので、駅に戻る。最終電車はなんと18時5分に出てしまうし、かなり利用客が多く、座れないことが多いため、できるだけ早いうちに駅について、並んでおいたほうが良いのだ。

駅のホームに着くと、すでに2、3人の利用客が最終電車を待ち構えていた。しかし、駅員の話によるとなんと違うホームに入線するとのこと。それが分かったのはすでに今まで僕らが待っていたホームに列車が入線した直後だったから、今まで60人くらい待っていた人々は高波のように、隣のホームへと駆け出していく。僕も人の間を縫って縫って縫って……隣のホームには少々古めの車両が停車していたが、どうにか車両の一番端のボックスシートを確保できた。座席に座ってから、改めてホームを見回してみると、座れずに困っている利用客を何人か見かける。こんなに観光客が多いのなら車両の数を増やすとか、本数を増やすなどの対策をして欲しいと思ったが、車両の都合や単線であることから現在が限界なのだろう。


さて、18時10分、クライネシャイデック行きの普通電車は発車した。この電車は最終電車だが、途中駅は2つとも通過となっている。それにしても今日はなぜか眠い。気圧などの関係もあるのだろうが、本当に眠かったために帰りの電車のことは良く覚えていない。

結局18時50分にクライネシャイデックに到着、今度は19時発ラウターブルンネン行きの列車に乗り換える。この車両は路面電車のような小さな電車だが、車内はかなり混雑していた。車内は2+1のボックスシートが並んでいて、
ラウターブルンネン行き普通列車。
座席は木でできた暖かみのあるものだった。通路がちょっと狭いので大荷物だと困るかな、と思ったが、ホームには改札がないからこんな狭い車内でも車内改札はちゃんと来るのである。僕と弟は「ジュニアカルテ」で済んだが、車掌にジュニアカルテを見せるとスタンプも押さず、ちらりと見ただけで「Thank you.」といってしまったのが意外だった。この路線の景色はかなりよく、雪解け水が断崖絶壁から流れ落ちるなど、壮大な眺めが車窓に展開している。

さて、発車から55分、19時55分にラウターブルンネンに到着、ここからはインターラーケン・オースト行きのこれまた私鉄に乗り換えることになる。この「路面電車もどき」が到着した隣のホームに入線するので乗換もしやすかった。しばらくすると機関車に牽引された列車がやってきた。これが国鉄なら「ユーレールパス」にて1等に乗れるのだが、今回は私鉄だから2等車で我慢しておく。車内はかなり混雑していて、ボックスは確保できなかった。

20時5分にラウターブルンネンを発車したが、外は相変わらず明るい。夏は日没がかなり遅いようだが、そのかわり冬は午後3時ごろで日が沈んでしまうとのことだ。

さて、ここでちょっと小ネタをひとつ。今までヨーロッパにいて思ったことだが、このあたりには男性でも髪が長い人をかなり見かけることである。日本ではめったに見ないことだが、こちらでは案外いるもので、みんなそのような人たちを妖しげに見たりもしないことが印象的だった。

そんなことを考えているうちに、20時30分、インターラーケン・オースト駅に到着。ここからは20時39分発IC941号(ボーデン湖畔のローマンスホルン行き)に乗り換えて、すぐ隣のインターラーケン・ヴェストまで向かう。今度は国鉄なので、短い間でも1等車に乗れるとワクワクしていたが、この列車の中間になぜか白に赤の横じまがはいった車両が2両連結されていた。何だろうと思って見てみたら………それは………「DB(デーベー)」だったのだ。

「DB」というのはドイツ国鉄のことで、早い話がドイツ国鉄の車両がスイス国鉄のインターシティーに2両だけ組み込まれているわけである。なぜスイス国鉄にドイツ国鉄の車両が連結されているのかかなり気になるが、DBの車両はともかく車内設備が良いと聞いていたので、大急ぎで乗り込むことにした。
DBの個室車内。後ろのシートは鏡ですのでご安心を。
そこで、とにかく驚いたのだが、なんと全室個室で構成されている。今まで乗車してきたIC(InterCity)の1等車はみな普通の座席だったのに。しかも、その個室がまた豪華で、ドアもついていて鍵も中から掛けられる。ライトもついていて、これなら個人のプライバシーを確実に守ることができるだろう。個室座席にはピンク色のやわらかい枕がついていたが、これだけは残念ながら小さくて薄いためか、あまり枕のついている意味がないと思った。しかし座席は広くてすわり心地も良い。

夢中で車内写真を撮影したり、設備を見たりしているうちに19時39分になり、発車した。当然のことながら、客車だし個室だから走行音はほとんどレールとレールのつなぎ目を踏むときの「カカンココン」くらいしか聞こえない。こんなに良い個室つきの車両を日本の「スーパービュー踊り子」などにも導入してみればと思ったが、現在はスペースもあまりなさそうなので無理な要望になりそうだ。

とそのとき、インターラーケン・ヴェスト駅到着の放送が流れてきた。オースト駅からはわずか5分。たった5分の「ドイツ国鉄超豪華列車の旅」はあっけなく幕を閉じた。いつかまた、この「超豪華列車DB」でゆったりとした旅をしてみたいと思ったが、今度来たときにはこれと同じDBの車両が残っているかどうかも定かではなく、ひょっとするとこれが最初であり最後の乗車になるかもしれず、残念だ。

インターラーケン・ヴェストで降りた後、また夕食を済ませていなかったことから、駅近くのホテル・クレブスで、夕食をとることになった。このホテルにももちろん冷房なぞないから、道端に一部のテーブルを出して営業している。僕たちはこの道端のテーブルに陣取り、道行く人を眺めながら、少しゆっくりすることにしよう。時刻は夜8時ごろで、ようやく空が暗くなり始めた。

10分ほど待って出されたカルボナーラは非常に油をつかっているようで、こってりしたものだった。しかも、僕が飲み物として頼んだりんごジュースはなんと炭酸入り。僕は炭酸飲料は苦手なのだが、のどが渇いていたためか、今日は飲むことができた。日本とはさすがに違う。西洋人はこのような高カロリーのばかり食べる、と聞いていたが、どうやら本当の話らしい。

それでも3分の2くらいはなんとか食べられたのだが、さすがにそれ以上は食べられなかった。それにしてもよくこんなものを全部食べられるものである。そばのお土産屋で、昼間山で見た、牛が首につけていたカウベルを買った後、ホテルに戻る。

午後9時ごろにようやくホテルに戻ってきた。その晩はあまりの疲れに、風呂も入らないでそのまま寝てしまった。


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