
2003年2月22日、新宿〜那須塩原まで「フェアーウェイ」に乗ってきた紀行文です。
新宿駅は、「湘南新宿ライン」「りんかい線」「埼京線」などが経由するようになってから、より一段とにぎやかになった。
朝から深夜まで、ホームには満員のお客を乗せたオレンジの中央線、ゆったりした車内の「スーパーあずさ」、エメラルドグリーンの「埼京線」、湘南色・スカ色の「湘南新宿ライン」・・・・
とまあ、ここに挙げただけでもかなりの列車があるのがお分かりいただけるだろう。ところがその中に、唯一静かなホームに入線してくる列車があった。
新宿〜黒磯を結ぶ「フェアーウェイ」である。165系「ムーンライトえちご」の車庫回送を含めて運転されるこの列車、新宿を朝6時24分に出発するという、いたって時間帯の悪い列車だ。とはいえ、ムーンライト改車両だから、車内はとても快適である。 これが、カタカナで「フェアーウェイ」と書いて「Fair Way」と読む列車だ。では、このフェアーウェイに、新宿から那須塩原まで乗車してみることとしよう。かくして「フェアーウェイ乗車旅行」だ。
1.まだ夜も明けぬ早朝 新宿を発車
2月22日、午前6時5分、筆者は緑の帯をまいた山手線に乗って新宿駅に来た。6時といえば、まだ日の出の時刻でないので、外は暗黒の世界だったが、ホームには既に人がたくさんいた。
その中の人影がまばらな7番線に、快速「フェアーウェイ」がひっそりと停車していた。本日は6両編成らしい。
指定席をとった3号車4番D席に荷物を置いてから、車内を回ってみる。
まず1号車、喫煙席。サラリーマンとスキー板をかついだ中年のカップルが乗っているだけで、他はみな空席だ。続いて、2号車禁煙席は、10人弱、3号車禁煙席も、筆者をあわせて15人程度。
先頭車の貫通扉を通って4号車。5人ほど、5号車10人、6号車数人の状態で、だいたい50人くらいだろう。ネクタイ客は少なく、スキー旅行、釣り客や用務の装いが多い。
一部はいまだ大目玉車となっている(上)。手際よく改札を済ませる小川車掌。 早速座席に戻り、荷物を隣の席に置き、持参の清涼飲料水と、菓子パンを食べることにした。起床直後に家を出たため、朝食は口にしていなかったのである。本来なら駅弁と冷凍みかん、それにペットボトルのお茶などで行きたいところだが、経済的に無理で贅沢はいってられない。
この間にも、3号車には何人かお客が乗り込んできた。これは他の車両も同様らしい。みな、スキー板や釣りざおをかついでいる。
駅の時計をみると、もう6時23分。そろそろの発車だな、と思った瞬間、列車はゴトリと動き出した。快速「フェアーウェイ」号は、山手・埼京線などと並行しながら、走り始めた。空はようやく藍色になりかけている。
6時29分、池袋に到着。各車両に数人ずつが乗り込んできて、3号車にも年配の男が乗ってきた。
駒込駅で山手線を追い抜いてしばらくするうちに、車内改札がはじまった。本日の車掌は小川車掌で、手際よく車内改札を済ませていく。筆者が手持ちの「土日きっぷSP」と指定券を見せると、ポン、という心地良い音をたててはんこを押してくれた。6時43分、赤羽に到着。日が昇り、空が青くかすんでいる。今日は良い天気になるだろう。各車両に10数人が乗車して、各車両は5割ほどの座席が埋まっている。早朝発車の増発列車だから、たぶんガラガラだろうと思っていたが、こうしてかなりの利用客が乗っているところから見ると、「快適な快速列車」として、フェアーウェイは知られているに違いない。
赤羽を出ると、上越線の高架と並行して走り始める。最近までは115系が我物顔で走っていたが、今はすっかり淘汰され、211系とE231系のみとなってしまった。もう少し早く乗っていれば、115系との並行シーンも見られただろうに・・・・と思うと、現在は車両の世代交代が激しいことを実感させられる。さて、7時3分。大宮に到着した。各車両にスキー板を持った利用客がかなり乗り込んできて、当3号車も9割ほどが埋まる。筆者の前列にもスキーウェアを着込んだ父子が座った。那須高原へスキーへ行くようである。
大宮では3分間停車する。筆者はホームに降りてみた。鉄道ファンの姿があり、サボなどを撮影している。この165系ムーンライト改も、まもなく現役引退となるから、今のうちに撮影しておくのがいいだろう。
大宮を7時6分、定刻どおりに発車したがふと見ると、すぐそばの廃車待ち車庫に、103系のエメラルドグリーン低運転台車両が留置されている。E231系によって押し出されたのだろう、最近まで運用に就いていたようだが、車体の痛みがかなり見受けられたのが印象的だった。この他、字幕を取り外し、パンタグラフを下ろした状態で留置されている、10両の115系もあり、東北・上越線の運用を終え、廃車待ちとなっている車両であろう。
改造中?205系。
大宮を出てしばらくはこの車庫・工場群が立ち並び、たくさんの車両を見ることが出来るが、さらに異質な205系を見つけた。下の帯は南武線色、上の帯は山手線色の改造中の205系である(写真右)。ヤテ19は、既に改造を受けナハ35として中原に転属しているため、今後は南武線に残る103系淘汰目的として次々と南武線に転属すると聞いている。
そんなことを考えていると、筆者の乗車しているムーンライト改165系もまもなく廃車となるな、ということも思い、古い車両は次々となくなることを改めて実感する次第である。7時23分、久喜に到着、各車両に数人ずつが乗り込み、かなり満席状態になってきた。
それと同時に車内もうるさくなってくる。2つ前の1列に、たぶんスキーに行くのであろう、若い女性が4人乗っており、大声でおしゃべりをしている。どんなことを話しているのかはよく分からないが、かなりやかましい。
もう一つうるさい音源がななめ後ろにもいて、老人の団体である。4人程度だが、こちらもかなり大声でしゃべっている。この他、おおいびきをかいて寝ている人なども見かけた。もし僕だったら、遠慮なくひっぱたいてあげてくださいね。
2.東北線を快走
さて、久喜を出た「フェアーウェイ」は東北本線を快調に走り始めた。まもなく引退するとはいえ、引退するのを知らないかのようだ。迫力あるモーター音が車内に響く。
栗橋に到着、何人かが乗ったようだがそれ以外に目立つ動きは特にない。車内を回ってみると、禁煙席が9〜10割、喫煙席が8〜9割と満席に近かった。新幹線とは別の移動手段として定着しているのだろうが、このような早朝の目立たない列車が満席になるのは首をかしげる。
さて、筆者は5号車のラウンジ室を訪れた。「ラウンジ」などと豪華な言葉を使っても、戸袋窓の裏の、元トイレ・洗面台だったところを改造し、小さなロングシートと自販機、灰皿をつけただけの簡素なものだ。それに、自販機はいまや販売中止であるから、とても「ラウンジ」とはいえないのだが、混んでいる圧迫感から解放されるには不可欠な場所であろう。
ラウンジ室。これがラウンジなのか・・・?
「ラウンジ室」のように、息抜き空間を作るためには、どれか1両を3/2客席とし、残る3/1をラウンジとするのがよいだろう。「ムーンライトえちご」に使用するときには、ここに車販員を手配し、軽食や飲み物などを販売してみたらどうだろうか。いかに夜行列車とはいえ、設備面も少し見直す必要があるのではと思ったのだがいかがだろう。また、このラウンジ室は全体的に知られていないらしい。「フェアーウェイ」に乗って見た結果、ほとんど利用客はいなかった。販売中止の自販機だけしかないこの空間では利用する側もあまり使用したくない気分になるのは、筆者も同感であり、165系ムーンライト改置換えのための485系にこのような設備を取り付けてみては・・・と思う。
7時38分、古河に到着。隣のホームに田町区の185系「おはようライナー古河」が停車している。あちらの利用客は意外と少なかった。
ここでも数人の乗車があったようで、ほとんどの車両は満席となった。筆者の隣はだれもこなかったが、よりいっそう車内がうるさくなったことはいうまでもない。165系ムーンライト改は、老朽化に伴い、2002年3月いっぱいで運用離説となる。その後は元青森区の485系が、165系ムーンライト改と同等の改造を受けて運転を継続するようだが、普通車はムーンライト改のように広くはなく、新たにグリーン車が設けられることになっている。このため、当然といえばそれまでだが普通車はいわゆる狭いシートになってしまうわけであり、「安い値段でグリーン車気分」を味わえた車両がなくなってしまうことは本当に残念でならない。
さて、暗い話題になってしまったので、すこし楽しい話題にうつるとしよう。
165系ムーンライト改は、座席の種類が3種類以上あり、乗車するときは一種の運試しのような気分になれるのが楽しい。
まず、背面テーブル・読書灯がつき、座席がバケット状でとても座り心地のいいシート。通称「あたりシート」である。筆者はこれに乗車できた。またシートピッチが1160mmと新幹線のグリーン車並みであり、筆者が足を伸ばしてようやく前席につくくらいだった。
これが「あたりシート」だ。
だが、グリーン車標準のシートピッチとなっているため、一部列の座席は窓と座席の位置がずれており、ずれているシートにあたった時は外の景色を見る際、体を起こすか顔を曲げねばならず、そこが唯一の欠点だ。しかしこれは仕方ないだろう。元々ボックスシートだった車両を改造したものだし、小学生の筆者が贅沢に言える立場ではない。次に、席幅が少し狭く、座面も硬いが背面テーブルと読書灯のつくシート、通称「ふつうシート」だ。筆者が乗車した際、これは4〜6号車だったが、座ってみると確かに座り心地が悪いのが分かる。だが、読書灯もあるし、リクライニング角度もそこそこのものなので、これにあたっても別に悪くはないだろう。これもグリーン車同様のシートピッチのため、一部列は座席と窓の位置がずれている。
さらに、席幅が狭い上、座面も硬く、背面テーブルと読書灯もないらしい、ただのリクライニングシート、通称「はずれシート」がある。筆者が乗車したとき、これは連結されていなかったが、とあるサイトで「ふつうシートと読書灯と背面テーブルがないほかは変わり無し」と聞いたことがあるためだ。
結構いろいろなシートがあって面白いから、皆様も是非一度乗車してみることをお勧めしたい。尚、この「あたりシート」「ふつうシート」「はずれシート」の名称は、223系大好きさんの青春18きっぷ塾から引用させていただきました。ありがとうございます。
さて、東北新幹線がある小山に到着、数人が下車した。この列車は、新幹線が停車しない駅からの利用が多い列車として一目を置いている存在なのだろうと、今つくづくと思う。外はすっかり日が昇ったようだが、どんよりとした曇り空だ。
小山を出ると、新幹線並みに宇都宮まで通過となる。フェアーウェイは速度を次第に上げ、100q程度の速いスピードで走り始めた。同時に次第に家の数もまばらになってきて、畑などが目立つようになってきた。新幹線までとはいかないが、在来線としては快調すぎるスピードである。
だが、速度が出ているわりにゆれはそれほど感じない。筆者は以前、修学旅行列車にて165系に乗車したことがあったが、その際はかなり揺れが多かった。何か改良がされているのかは分からないが、揺れが少ないのには気がつくだろう。
この大きなドアもまもなく見納めとなる。
さらに、デッキ客室仕切り扉は、従来の無骨な銀色から、落ち着いたピンクに変更されており、また窓も細くなっており、良い雰囲気を醸し出している。165系は6月をもって引退し、その後は廃車〜解体にいたるようである。ボックスシートの湘南色165系をいつまでも残したいが、せめてこのムーンライト改だけでも残したい。富士急行「フジサン特急」の増結・増発・故障代理などとして、アコモデーションはそのまま、フジサン特急塗色となってくれれば・・・と思うが、そうもいかないだろう。車両の世代交代には何か悲惨さを感じる。
宝積寺に到着、数人が降りたようだが、それ以外は特に目立つ動きはない。ドアの空気シリンダの音が車内まであまり入ってこないので、発車時のガクンとした揺れにいつも驚かされている。さすが夜行列車用として改造されただけはあろう。
日はすっかり昇って、ホームに明るい日がふりそそいでいる。
さて、あまり話すネタもなくなってきたので、車内設備を見ていくとしよう。
各車両に洗面台・トイレがついている。トイレは今までどおりの銀色の和式だったが、洗面台はかなり改良され、水温を好みに変更できるツマミがついていた。僕はトイレの洗面台を使うことが多いので、結局この洗面台は1度しか使わなかったが、お湯の温度は35度くらいが適格であろう。だが、温度調整可能なことを知らない利用客が使った場合、とても冷たい設定になっていたり、逆に熱い設定になっていて、びっくりしたりやけどをしたりしてしまう、ということもあるのではないか、と思うのだがどうだろうか。
このほか、先述したラウンジ室などを見てきたが、利用客はいなかった。自販機を設置するならせめて販売している状態にして欲しい。
氏家に8時29分、矢板に8時40分に到着し、各々10人程度が下車している。外に出てみると寒い。早々に車内に引き返した。そして、8時49分、西那須野に到着した。ここでかなりの利用客が降りた。ホームにもスキー場案内のようなものがある。スキーへ行く列車として定着しているに違いない。そのとおり、筆者の前列にいた父子は、スキーウェアを着込み、巨大なスキー板を担ぎながら列車を降りていった。この他、2列前の若い女性4人など、合わせて3号車からは15人ほどが下車し、車内はかなりガラガラとなってしまった。前の編成の「ふつうシート」編成のほうは、完全無人車両もあったので少々驚きを感じた。
そして、西那須野を出ると、次は筆者の下車する那須塩原に停車する。
3.最期までがんばれ!165系!
8時50分、定時に西那須野を出発した。次の那須塩原には5分後の8時55分に到着する。この車両が最期までがんばってくれることを祈りながら下りる身支度を始めた。
8時55分、新宿から約2時間30分の旅を終えてフェアーウェイは無事、那須塩原に到着した。
顔を撮影すべく、3号車から大急ぎで前へ走ったが、見るとなんと、4号車の先頭車前灯が大目玉だった。あわてて6号車の前に出ると、それも大目玉。夢中でシャッターを切ってから、車両を見つめてみる。感想は「大目玉は格好良くて、力強い」の一言だ。筆者が下車した後も、フェアーウェイは黒磯まで走り、ネグラの黒磯で休むことになるのだ。
あちらで発車ベルがなっている。筆者が最高画質で、1枚写したのを待っていたかのように、フェアーウェイはゆっくりと走り始めた。6号車が「さようなら」と僕に語りかけているような気がする。フェアーウェイは次第に速度を増した。1号車のシールドビーム先頭車も「また会いましょう」と言うかのように、ホームを去っていく。3月31日で運用離説となる165系ムーンライト改は、まだ車内は快適だし、走りも順調だった。しかし、老朽化などが余儀なく進んでおり、保守にも手間がかかりかねず、青森から転属してきた485系に置き換えられることになってしまった。それだけではなく、JR東日本からは165系は2003年6月で全面引退するとの発表をしており、「さようなら165系○○」などと、さよなら列車の運転まで企画している。
いずれにせよ、165系だけでなく、167・169系などの急行電車が遠いところに行ってしまうのが近いと分かると、とても寂しくなってしまう。最期まで、がんばれ!165系!
以上、お楽しみいただけましたでしょうか。
長い間ありがとうございました。他のレポートもありますので、お時間がありましたら是非ご覧ください。