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駆け抜ける「き・ら・き・らみちのく」

抜け蔵は9月16日、「こまち」「かもしか」に引き続き、快速「き・ら・き・らみちのく 八戸」に、青森〜八戸間で乗車してきました。そのときのレポートです。


1.これは自動車?


さて、僕らは先ほどの「かもしか」3号を降りると、まず青森駅の改札をでた。青森は海沿いの駅で、ベイブリッジや、JNRマーク入りの青函連絡船などが展示されていたが、観光名所という雰囲気はあまりなかった。
駅の前で焼きとうもろこしを売っている店で、ゆでとうもろこしを買って、青森駅に引き返すと、これから乗車する「き・ら・き・らみちのく八戸」号は停車していた。

赤く光る「きらきらみちのく」(上)
車内は青系の座席が使用され
左側の座席は窓に面して配置されている(下)
前から見ると、赤いボディーが日に光るのが心地よい。こうしてみると、253系「NE'X」のように見えないでもないのだが、いかがだろうか。
さて、さっそく車内に入ってみる。ジョイフルトレインといえども、お座敷列車のような大掛かりなものではなく、ごく普通の座席車だ。だが、窓が非常に大きいのと、片方の座席が1人がけで窓に向かって配置されているのが、普通の特急電車などと違うところだ。

2号車はイベントカーで、八戸側には売店もあり、係員が2人ほど準備作業にとりかかっていた。
この2号車も、一応座席なのだが、座面がたたみになったクロスシートであるという、いたって変わった座席だ。ハイデッカー構造で、この座席の下にはスリッパ入れが設けられ、座席(畳)に座る時はこのスリッパを使用することになっていた。確かにそちらの利用客はスリッパをはいて座っている。
しかも、座席の背もたれが大変高いため、セミコンパートメントのようで、いろいろな意思が凝らされていると思う。

3号車はシンプルで、1号車の構造をそのままリピートした感じといってよいだろう。

1号車には喫煙室が設けられているのも珍しい。「き・ら・き・らみちのく」は全席禁煙なので、煙草を吸う際はここで吸わないといけないことになっている。

さて、16時15分定刻に発車した。
この車両はディーゼルカーで、走り出すとき「ブーン」という、自動車のような音が出るのに気がついた。加減速度も電車より遅い。「き・ら・き・らみちのく」は、キハ48を改造したジョイフルトレインだから、そういう音がするのだ。
ゆっくりと八戸方面へ向かいながら走り始める。「ガー」という警笛が気動車であるということを実感させる。

田園地帯を横目に、「き・ら・き・らみちのく」は次第に速度を上げてゆき、東青森駅を通過すると、速度はもう特急並みになってしまった。さすがに電車ほどの加速力はないものの、ディーゼル車としては快調だ。
さて、僕は青森駅前で購入した、ゆでとうもろこしを車内で食べることにした。岩木山のふもとで収穫されたとうもろこしだそうだが、なんといっても実がやわらかく、しかも甘味が強いのが嬉しい。
僕は横浜在住なので、東北より運送されてきたものしか食べたことがなかった。やはり、とれたてということが、味に差をつけるのだろうが、それにしてもジューシーで、「うまい」の一言である。

とうもろこしを立続けにほおばった僕は、まず1号車から車内をまわることにした。
向かって右側が2人掛け、左は1人がけで、窓に面している。また、窓が大きいのでいかにも「ジョイフルトレイン」といった雰囲気だった。お客は20人程度の状態で、見た感じでは75%くらいだろう。運転席

運転席裏には、パイプ椅子が設けられ、先方の景色が見渡せる
裏にはパイプ椅子が設けられ、ここで先方の景色が見渡せるのがお客への配慮として伝わってくるだろう。
トイレは車椅子対応式となっていて、全体的にピンクを基調とした配色だった。

続いて2号車、こちらはイベントカーで、車端部には大きなテレビが設けられ、ここで先方の走行風景が放映されている。先頭車両先端部にカメラがついているのにも気がついた。
ここには、先述したよう小さな棚があり、袋詰のロールパンなどが販売されていた。

3号車は1号車と同じ構造で同じだったが、運転席裏には雑誌入れが設けられ、観光ツアーなどの雑誌などがおいてある。

さて、16時38分、浅虫温泉に到着。プラットホームと改札だけの、いたって小さい駅である。ここでは、5分ほど停車する。僕たちはホームに降りてみた。
実に小さな駅だが、ここでは後方の3号車から数人が降りていく。「浅虫温泉」という駅名だけあり、温泉街が付近にあるようで、「はつかり」「スーパーはつかり」なども停車する駅だ。
16時42分、浅虫温泉を発車した。左手には陸奥湾が広がり、とても良い眺めだ。日の出の時間帯には、海に光る日が、さぞ美しいであろう。
反対側には夕日が沈んでゆくのが見える。まもなく日の入りの時刻を迎えるのに気がついた。

乗り出してからしばらくたったので、僕は2号車の売店へ行き、売店のテレビを見ることにした。ここでは、普段先方の走行風景が放映されているが、場合によっては宣伝番組を放送していることもあるそうだ。
残念ながら、僕が乗車した際は先方の走行風景しか放映されていなかった。日の入りの時刻が近づき、景色もあまり鮮明には見えないが、富士急行の「フジサン特急」と同じ発想であることが感じられよう。

2.親切な車掌さん


さて、17時3分、野辺地に到着。この駅は浅虫温泉よりは多少規模的に大きい。1号車からも数人が降りていった。

僕は、3号車にいって、市川車掌が窓をあけて外を見ている間を見計らって、運転席をとることにした。あえて後尾側を選んだのは、だれもいない運転席を撮影するのにうってつけだったためである。

運転席の写真と、計器の写真を各々1枚づつ撮影すると、そのフラッシュに気がついたのか、市川車掌が親切に「運転席撮るの?」と聞いてきてくれた。僕は「あ、はい。でも、ご迷惑じゃあ……」というと、車掌さんは「これから当分放送しないから別にいいよ。」といって、運転席の室内を親切に撮影させてくれた。
この方は、主に東北地方の電車に乗務している車掌さんらしい。丁寧な放送をしてくれるのがなんともありがたかったが、その後放送をしないうちは、運転席の入り口まできて、僕のほかにいた親子連れにも、やさしく鉄道について教えてくださった。

僕も少し質問をしてみることにし、夜行急行「はまなす」は残るのかどうか聞いてみると、はまなすは残るとのことだった。

次の質問は、485系リニューアル車、E751系などはどうなるのだろうか、と質問すると、E751系や485系リニューアル車は「つがる」「白鳥」などで活躍を続けるらしい。だが、「はつかり」に充当される485系国鉄特急色編成は、老朽化も激しく、近いうちに廃車の予定だそうだ。本当に親切に教えてくださった車掌の市川様、改めて御礼申し上げたい。

「また是非東北に遊びに来てね。」

そのお言葉がとても印象的で、この瞬間「車掌になる」という夢が実現しそうな気分がした。
市川車掌と、弟、もちろん僕も一緒に、母に記念撮影をしていただき、何から何まで僕たちに
市川車掌に許可を得て撮影した運転席写真
大サービスをしていただいた。僕も将来、そんなやさしい車掌になりたいと思う。

それから僕は市川さんと会話しつづけたので、各停車駅でどれだけのお客が降りたのかは分からない。この間三沢に17時27分に停車している。市川さんが受話器のようなマイクを握って放送をする姿が印象に残る。

さて、僕は再び2号車の売店へ戻ることにしたが、ふと見るとデッキの入り口部分に「2002.12.1 東北新幹線八戸開業」とかかれた大きな布が吊り下げてある。
「き・ら・き・らみちのく」は平成14年に、東北新幹線八戸開業に伴い、更なる観光化が見込まれる東北北部地方を走るためのジョイフルトレインとして開発された。これからどのような活躍ぶりを我々に見せてくれるのか、期待できよう。たしかに近代的なデザインや、落ち着いた雰囲気の車内など、近代的技術がふんだんに使われているような気がする。

だが、キハ48を改造した車両のため、これからいかに使っていくかが問題だろう。
座席に戻ると、すでに外は闇の世界になっている。おりもおり、市川さんの終着案内放送が流れ出したので、もっと乗っていたいという気持ちを抑えながら、降りる準備をはじめた。

「き・ら・き・らみちのく」はキハ48を改造したジョイフルトレインだが、それなりの好評を得ているようで、これからの活躍を期待したいと思う。同時に八戸からつながる「白鳥」「つがる」などの増発列車として、「き・ら・き・らみちのく 白鳥」「同 津軽」などの運用に使用されたりなど、様々な夢が描かれよう。
僕個人としての感想は、き・ら・き・らみちのくは、これからの観光列車を担っていく大切な存在であり、車内の座席も快適、しかも座面が畳であるユニークな車両を連結していたりなど、様々な意思が凝らされた列車だと思った。

さて、17時45分、青森から約1時間30分の短い旅を終えた「き・ら・き・らみちのく」は無事八戸に着いた。
最後に市川さんが、盛岡方に回送されていく列車から手をふってくれたのがとてもうれしかった。「き・ら・き・らみちのく」に、良い思い出ができたことが本当に嬉しい。

明日も「き・ら・き・らみちのく」は東北地方をのんびりと走っていることであろう。これからがんばれ!き・ら・き・らみちのく……


以上、お楽しみいただけましたでしょうか。
長い間ありがとうございました。他のレポートもありますので、お時間がありましたら是非ご覧ください。

なお、僕の母であるRimmerさんのレポートもございます。こちらをクリックして下さい。