
抜け蔵は9月14日、「こまち」5号を乗り継いで「かもしか」3号に秋田から青森までとおして乗車してきました。そのときの紀行文を掲載しています。
1.3両のミニ特急
僕は先の「こまち」5号を降りて、今度は3番線ホームにまわった。12時48分の「かもしか」3号に乗り継いで青森までいくためだ。
ホームにつくと、上には「かもしか」「日本海」などの絵がはいった看板がぶら下がり、その下ですでに数人のお客が待ち構えていた。きっとみな、我々が乗車する「かもしか」3号を待っているのだろう。
12時35分ごろ、上り「かもしか」2号が長いたびを終えて3番線に入ってきた。この列車が折り返し、僕の乗車する「かもしか」3号として青森へ向かうのである。車体外観の写真を撮影するべく、青森方の先頭車にまわる。
「かもしか」号は従来の485系だが美しい塗色に (↑)
485系3000番台「いなほ」が隣に入線(↓)3灯のヘッドライトをつけている姿がなんとも美しい。僕のほかにも数人のファンらしき人がカメラをかまえて撮影をしていた。ヘッドマークの写真を撮影しているうちに、隣ホームには485系3000番台の「いなほ」が到着した。こちらはリニューアルを施されているため、まったく別の車両に見える。2つの「違う485系」の並びとなった。
さて、そのようなことをやっているうちに、「かもしか」側は車内清掃が終了した模様で、ドアが開いた。各乗車口から十数人程度が乗り込むと、待つほどもなくドアが閉まり、「かもしか」3号は秋田駅を発車した。
編成は3両でかなりのミニ特急だ。定員が少ないためか、3号車は8割近く、2号車も7割近く、1号車は普通席が7割ほど、グリーン車は18席あるうちのほとんどが埋まっていた。
田園地帯を横目に、「かもしか」3号は次第に速度を上げてゆき、やがて土崎駅を瞬時に通過すると、速度はもう最高時速に達したようだ。秋田まで乗車してきた「こまち」5号まではいかないものの、在来線特急としては快調なスピードだ。
さて、「かもしか」3号の車窓からはもう黄色に色づいた、水田がどこまでも見渡せる。
「あきたこまち」を栽培しているのだろうか……と思うと、まもなく新米の季節だということを思い出した。
▲水田がどこまでも見渡せる▲
13時10分、八郎潟に到着。我々の3号車からは3人が降り、1人乗り込んできた。
さて、八郎潟を発車して再びトップスピードに上がる。車内に快い走行音がひびき、同時に車内の揺れも多くなるがこれも悪いわけではない。
さて、そろそろ車内をまわってみることにした。まずは青森側先頭3号車。
とくにこれといったかわりはなく、ごく普通の485系だと分かる。だが、車端の一部の座席が「ベビーシート」になっているのに気がついた。
これは、車端部の座席に、テーブルのかわりにベビーベットを取り付けるというもの。普段は収納されているが、赤ちゃんのおむつなどを取り替えるときに、そのベッドを引き出して交換できるし、必要があればそのベビーベットに赤ちゃんを寝かせておくこともできるので、赤ちゃん連れの旅行に便利だろう。だが、この座席は回転しない。
秋田側デッキにはトイレと洗面台がある。洗面台には、いまや希少な冷水器が設置されていた。紙コップも用意されているので、まだ使用できるらしい。「かもしか」では、まだそれなりに需要があるようで、そばのゴミ箱には使用済みの紙コップが数個入っていた。続いて2号車。こちらは自由席だがかなり座席が埋まっている。こちらは簡素で3号車の車内をそのままリピートした感じだ。
次に秋田側先頭1号車。「かもしか」で最大の特徴である、グリーン席と普通席を半々にした「クロハ」である。グリーン席と普通席の間には仕切りがあって、グリーン車の車内が見渡せる。グリーン席の車内は、座席こそ2+2配置であるものの、中肘掛があったり、絨毯がしかれていたりなど、細かいところで差別化を図っているようだ。
▲ベビーシートにはこのとおりベビーベッドが。▲(上)
洗面台には今や希少な冷水器が設置されている(下)
さて、13時24分、森岳着。乗降客はほとんどなく、そのまま発車した。
13時33分、東能代に到着。数人ずつ乗客の移動があった。時が経つにつれ、列車も山間部にはいったらしい。トンネルが多くなり、車窓には緑の山が展開するようになった。
僕は山間部の鉄道やローカル・第三セクター鉄道に乗ると、ある種の感慨を覚える。それは車両だ。
僕の住む神奈川県の鉄道は、近年E231系などの新型車両への置換が進み、一方で古い車両は活躍の場をなくして、次々と廃車になっていくのが現状である。だが、このような山岳地帯の鉄道に乗ると、新型車両への置換の波がまだ押し寄せておらず、485系やキハ58などの古い車両が往年と変わらない表情で走りつづけている。
そのがんばっている姿を見ると、うれしいような、悲しいような、変わった気分になるのだ。事実、僕は「かもしか」3号でこのような感慨を覚えてしまった。東京近辺の特急は、今やE257系や255系、E653系などの新型車両ばかりとなり、そのような新型車両ではそのような感慨をまったく感じられない。少し古くなっただけですぐ廃車という考えは少し違うと思ったのだがいかがだろう。
だが、この秋田地区でも新型701系がすでに主力になってきており、最悪の場合、今回の東北新幹線八戸開業時に余剰となる、E751系や新製される789系に置き換えられてしまう可能性も、ありうるわけで、「かもしか」の485系もさすがに危なくなってきたことを実感させられる。
さて、13時46分、二ツ井に到着した。この駅でもまるで乗降客はなく、なぜこのような駅に停車するのか不思議なほどである。
次の鷹ノ巣で数人が降りると、車内は空席が目立ち始めた。各駅に停車するごとに車内改札を繰り返す車掌も、あまり大変ではなさそうだ。
車内販売についてもそうだ。車内販売はわずか1人のみで、2号車のデッキを基地に動き回っているが、車内販売で買っている人の姿はあまり見られなかった。さて、山間部をずっと走る「かもしか」3号だが、通過していく駅はほとんどが無人駅であるということにその時気がついた。たしかに、通過駅ではほとんどお客が待ち構えておらず、一日十数人程度しか利用しないようで、はたして需要があるのかどうか、気にかかるが、廃止されないというのだから、利用客もいるのだろう。東北本線の「はつかり」のように、三戸などの無人駅に停車するのは、所要時間の延びにつながる。
2.りんご畑を横目に
「かもしか」3号は大館駅に14時10分、到着した。
大館〜弘前までは、普通列車の本数がかなり少ないと時刻表に書いてあったのは事実で、各駅を通過しても、普通列車が停車している光景はまったくみられない。
白沢駅の下り列車を例にとると、11時10分発秋田行き普通列車が出発したあとは、15時33分発秋田行きまでないという、僕にとっては想像もできないダイヤだった。これだけで本数がたりるというのは、ここがかなり閑散とした駅であるということが想像できよう。
さて、次に停車したのは大鰐温泉。この駅では上り「かもしか」4号のすれ違い待ちをするべく、1分停車する。だが、車内放送によると「かもしか」4号が遅れているようで、我々の「かもしか」3号は現行の14時35分が38分に遅れて大鰐温泉駅を発車した。単線区間でしか見られない光景といえよう。
▲弘前駅には巨大なリンゴの模型が▲ 青森はりんごの産地として広く知られている。そろそろりんごの季節だと思っていると、次第に車窓からりんご畑が見えるようになってきた。ほとんどのりんごは赤く色づいていて、出荷を間近に控えているようだった。
「かもしか」3号は遅れているためか、かなりのスピードを出して走っていた。110q近くは出しているようだった。さて、14時46分ごろ(正規14時44分)、弘前についた。ホームに巨大なりんごの模型が置いてあり、それには「食べておいしい 津軽のりんご 世界一」と書いてある。それを見て僕は、津軽でとれたてのおいしいりんごを食べてみたいと思った。
そして14時47分ごろ(正規14時45分)、弘前を発車! 目指す青森まであと一息だ。
「かもしか」に乗車してみての感想だが、「かもしか」は秋田〜青森を奥羽本線経由で結ぶという、重要な役割を果たしていると思う。今回乗車してみた結果でも、秋田発車時点で3号車は8割近く、2号車も7割近く、1号車は普通席が7割ほど、普通席は全体で73%程度の乗車があるわけで、それなりの需要をたもっているわけだ。
また、長距離利用客だけでなく、地域の人たちには「かもしか」はなくてはならない特急であり、重宝されているのではないかと思う。 だが、充当される485系はすでに経年で、このままでは老朽化と陳腐化が進むばかりで、程度の良い仲間を寄せ集めて充当しつづけても、いずれ新型車両への置換えは不可欠となることだろう。新型車両への置換には、ひとつE751系という良いお手本があり、E751系なら編成を4両に短縮して使用することもできるだろうし、グリーン車も連結している。
今回485系の「かもしか」で所要時間は、正味2時間25分あるわけだが、新型車両にしてスピードを上げれば、所要時間も短縮できそうだ。
新型車両化するなら、車両の特長を十分に生かし、可能なら青森から青函トンネルを経由して一路函館・札幌までを結ばせることもできるし、また青森で今回登場する、789系「つがる」と接続するダイヤを組んだりと、将来の夢は尽きることがないと思う。いずれにせよ、僕は「かもしか」をより便利に、より快適な列車に発展させたいと思っているわけだ。
その時まで、がんばれ! 485系の「かもしか」よ!
といっているうちに、15時15分、青森に到着した。
以上、お楽しみいただけましたでしょうか。
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